雇用している美容師に「完全歩合」を適用することは、労働基準法と最低賃金法の下では成り立ちません。売上がゼロの月でも、働いた時間に対して最低賃金以上の賃金を払う義務があり、出来高払制には実働時間に応じた保障給が要ります。歩合を使うなら「固定給で最低賃金を満たし、歩合は上乗せ」が基本の形です。
この記事では、完全歩合が問題になる理由、出来高払制の保障給、最低賃金を満たしているかの計算方法、固定給+歩合の設計例、残業代との関係、求人票での書き方を、厚生労働省の資料をもとに整理します。

結論:雇用なら「固定給で最低賃金を満たし、歩合は上乗せ」。完全歩合は保障給がなければ違法
美容業界には「売上の40%が給与」「指名売上の50%」といった歩合の慣行があります。業務委託であれば報酬の決め方は契約で自由ですが、雇用契約のスタッフには、労働時間に対して最低賃金以上の賃金を払う義務があり、売上がなければ給与もゼロという設計はできません。
労働基準法第27条は、出来高払制その他の請負制で使用する労働者について、「労働時間に応じ一定額の賃金の保障をしなければならない」と定めています。さらに最低賃金法により、支払った賃金を時間額に換算して地域の最低賃金以上でなければなりません。この2つを満たす最も簡単な形が、固定給で最低賃金を満たし、歩合を上乗せする設計です。
歩合率や店販の配分など制度全体の設計は給与・歩合制度の作り方、店販の歩合は店販の歩合は何%が妥当かで扱っています。この記事は「法律上の下限をどう満たすか」に絞ります。
雇用と業務委託で、賃金のルールは何が違うか
| 項目 | 雇用(正社員・パート) | 業務委託(フリーランス) |
|---|---|---|
| 最低賃金 | 適用される。時間額で地域の最低賃金以上 | 適用されない(労働者ではない) |
| 完全歩合 | 保障給がなければ不可 | 契約で報酬率を自由に決められる |
| 残業代 | 法定労働時間を超えた分に割増賃金 | なし |
| 出勤・時間の指示 | 店が指揮命令できる | 指示すると「労働者」と判断される要素になる |
| 社会保険・労災 | 条件を満たせば加入義務 | 原則なし(労災は特別加入の制度あり) |
| 店側の書面義務 | 労働条件通知書 | フリーランス法による取引条件の明示 |
「業務委託にすれば完全歩合にできる」と考える店がありますが、出勤時間を決め、施術の順番や方法を指示し、店の道具で店の客だけを担当させる働き方は、契約の名称にかかわらず労働者と判断されることがあります。その場合、さかのぼって最低賃金との差額と残業代の支払いが問題になります。業務委託の契約の組み方は業務委託契約書に入れる条項で扱っています。
出来高払制の保障給 — 労働基準法27条
歩合給を採用する場合、「労働時間に応じた一定額の賃金の保障」が必要です。ポイントは「労働時間に応じ」であることで、月額固定の保障ではなく、働いた時間に比例する保障が求められます。たとえば「時給1,100円×実働時間を保障し、歩合がそれを上回れば歩合を支給」という形です。
保障の水準について、法律には具体的な額の定めがありませんが、行政の解釈では、労働者の生活を保障する観点から、通常の実収賃金と大きく離れない程度(少なくとも平均賃金の6割程度)が目安とされています。さらに最低賃金法は別に適用されるため、保障給の時間額が地域の最低賃金を下回ることはできません。
「歩合がゼロなら給与もゼロ」「指名が取れないアシスタントは無給」は、雇用契約では認められません。研修中・見習い期間・試用期間も労働時間である以上、最低賃金以上の賃金が必要です。試用期間中の減額特例は都道府県労働局長の許可が要る制度で、一般的な運用ではありません。

最低賃金を満たしているか確かめる手順(5ステップ)
月の総労働時間を出す
所定労働時間(例:1日8時間×22日=176時間)に、残業と、店の指示で行った営業前後の練習・ミーティングの時間を加えます。練習時間の扱いは営業前後のレッスンが労働時間になる条件の記事で扱っています。
最低賃金の対象になる賃金を集計する
基本給、歩合給、職務手当などが対象です。通勤手当、家族手当、精皆勤手当、残業代(時間外・休日・深夜の割増賃金)、賞与などは計算から除きます。
時間額に換算する
月給制なら「対象賃金の月額÷月平均所定労働時間」、歩合部分は「歩合の額÷その月の総労働時間」で時間額に直し、合計します。
地域の最低賃金と比べる
都道府県ごとに定められた地域別最低賃金と比べます。毎年10月ごろに改定されるため、改定のたびに確認します。美容業の特定最低賃金はなく、地域別最低賃金が適用されます。
下回る月は差額を支払う
歩合が少ない月に時間額が最低賃金を下回れば、差額を支払う義務があります。毎月の給与計算で自動的に確認できる仕組み(固定給を最低賃金以上に設定する)が、事務上も安全です。
計算例 — 固定給+歩合のスタイリスト
数字は仮の設定です。固定給18万円、歩合は技術売上の10%、月の総労働時間190時間(所定176時間+残業14時間)、地域の最低賃金を仮に時間額1,100円とした場合です。
| 項目 | 売上60万円の月 | 売上30万円の月 | 売上0円の月(研修) |
|---|---|---|---|
| 固定給 | 180,000円 | 180,000円 | 180,000円 |
| 歩合(売上×10%) | 60,000円 | 30,000円 | 0円 |
| 対象賃金の合計 | 240,000円 | 210,000円 | 180,000円 |
| 時間額(÷190時間) | 約1,263円 | 約1,105円 | 約947円 |
| 最低賃金1,100円との比較 | 上回る | わずかに上回る | 下回る → 差額約29,000円の支払いが必要 |
この例では、固定給18万円は所定176時間で割ると約1,023円で、固定給だけでは最低賃金を下回っています。歩合が乗る月は満たしますが、歩合がない研修期間や売上の少ない月に不足が出ます。固定給を「所定労働時間×最低賃金」以上(この例では176時間×1,100円=193,600円以上)に設定すれば、歩合の多寡にかかわらず毎月満たせます。人件費の全体設計は経費の比率の見方で扱っています。
VAULTA|美容室専門のLINE公式サポート
美容室特化型のLINE公式、
無料でつくれます。
集客・リピート・求人のヒントをLINEで配信。美容室に特化した公式アカウントを無料で作成・運用サポートします。
無料でLINE公式を作成する↗友だち追加だけ。相談・作成は無料です。
固定給+歩合の設計例 — 3つの型
| 型 | 設計 | 向く店・注意 |
|---|---|---|
| 固定給+売上歩合 | 固定給(最低賃金以上)+技術売上の一定率 | 最も一般的。歩合率は固定給の水準とセットで決める。固定給が高いほど歩合率は低く |
| 固定給+段階歩合 | 固定給+売上が基準額を超えた部分に歩合(例:50万円超の10%、80万円超の20%) | 基準額を明確に。基準額の設定が高すぎると歩合が発生せず不満が出る |
| 保障給型(歩合が主) | 売上×40%など歩合が主。時給×実働時間の保障給を設け、歩合が保障を下回る月は保障額を支給 | 売上の変動が大きい店。保障給の時間額が最低賃金以上であること。残業代の計算が複雑 |
どの型でも、「固定給または保障給の時間額が最低賃金以上」「残業に割増賃金を払う」の2点は共通です。歩合率の相場と粗利の関係は業務委託の相場と店に残る粗利の試算が参考になります(雇用でも売上に対する人件費率の考え方は同じです)。
歩合部分にも残業代がかかる
見落とされやすいのが、歩合給に対する割増賃金です。歩合給の残業代は、「歩合の額÷その月の総労働時間」を時間額とし、その0.25倍(時間外)を残業時間分だけ上乗せします。固定給部分の残業代(時間額の1.25倍)とは計算方法が異なり、歩合部分は1.0倍がすでに歩合で支払われているとみなして0.25倍分だけを加える扱いです。
「歩合には残業代が含まれている」「歩合制だから残業代はない」という運用は、未払い賃金として後から請求される典型例です。労働時間の把握とあわせて、給与計算の方法を社会保険労務士に確認してください。
アシスタントの歩合はどう設計するか
アシスタントは技術売上がほぼないため、歩合の対象を「シャンプー・カラー塗布などの補助施術の件数」「店販」「次回予約の取得数」に置く店があります。固定給で最低賃金を満たしたうえで、行動に対する少額の歩合を上乗せする形であれば、法律上の問題は生じにくく、育成の動機づけにもなります。評価と昇給の連動はスタッフ教育・育成のやり方で扱っています。
求人票・労働条件通知書での書き方
- 固定給と歩合を分けて書く:「月給20万円+技術売上の10%」のように、固定部分と歩合の計算式を分ける。「月収30万円可」のような見込み額だけの表示は避ける
- 歩合の対象と率を明記:技術売上か総売上か、指名の有無で率が変わるか、店販は別か
- 保障給の内容:歩合が主の設計なら、時給×実働時間の保障を明記
- 固定残業代を含む場合:時間数と金額、超過分は別途支給することを明記
- 締め日・支払日、昇給の基準:歩合の計算期間と支払時期
求人票で「歩合率が高い」ことだけを訴求すると、固定給が低い店と受け取られ、応募が減ります。固定給の水準と歩合を両方示し、モデル年収を「売上いくらの場合」の条件つきで見せると、応募者が計算でき、入社後の認識のずれも減ります。求人票の書き方は応募が来る美容師求人票の書き方、正社員と業務委託の選び方は求人は正社員か業務委託かで扱っています。給与制度の設計はVAULTAの求人・採用・DX支援でも相談を受け付けています。
よくある質問
売上40%の完全歩合で働きたいとスタッフ本人が希望しています。本人の同意があれば可能ですか?
雇用契約である以上、本人の同意があっても最低賃金法と労働基準法27条の適用は外れません。最低賃金を下回る合意は無効で、差額の支払い義務が残ります。本人が独立志向で報酬率を重視するなら、業務委託として実態も伴う形(時間・方法の指揮命令をしない)を検討することになります。
指名がまったく取れないスタイリストに固定給を払い続けるのは負担です。
固定給を最低賃金の水準に設定し、歩合の割合を高めることで、売上に応じた人件費に近づけられます。ただし固定給を下げる変更は労働条件の不利益変更にあたるため、本人の合意と説明が必要です。並行して、指名が取れない原因(技術・接客・集客の導線)に手を打つ方が、店の売上にとっては本筋です。
最低賃金は毎年上がっています。歩合率を下げて調整してもよいですか?
最低賃金の改定に合わせて固定給を上げ、その分歩合率を見直すことは設計としてはあり得ますが、歩合率の引き下げも不利益変更です。変更の理由、経過措置、本人の合意を書面で残してください。改定のたびに時間額を確認する仕組みを先に作ることが重要です。
パートのスタイリストにも歩合をつけられますか?
つけられます。時給を最低賃金以上に設定したうえで、担当した施術売上の一定率を上乗せする形が一般的です。パートは労働時間が短いため、時間額の確認は正社員より単純です。
営業前の練習時間は最低賃金の計算に入りますか?
店の指示または実質的な強制で行う練習は労働時間です。総労働時間に含めて時間額を計算します。練習時間を除いて計算すると、実際の時間額が最低賃金を下回ることがあります。
歩合の計算で、材料費や割引分を売上から引いてもよいですか?
歩合の計算式は契約で決めるため、「技術売上から材料費相当を除いた額の○%」という設計自体は可能です。ただし計算式を労働条件通知書と就業規則(賃金規程)に明記し、後から一方的に控除項目を増やさないことが必要です。
歩合給の設計チェックリスト
今の給与制度を、次の7項目で確認してください。
- 雇用契約のスタッフに完全歩合を適用していない
- 出来高払制に、実働時間に応じた保障給を設けている
- 毎月、総労働時間で割った時間額が最低賃金以上か確認している
- 最低賃金の計算から通勤手当・残業代・賞与を除いている
- 残業代(割増賃金)を歩合部分も含めて計算している
- 求人票に固定給・歩合率・保障の内容を分けて書いている
- 業務委託のスタッフに出勤時間や施術の指示をしていない
歩合給は、「固定給または保障給で最低賃金を満たす」「歩合は上乗せ」「歩合にも残業代」の3点を守れば、スタッフの意欲と店の人件費の両方に合う制度になります。売上に連動させたい気持ちが先に立って下限を割ると、未払い賃金と離職の両方を招きます。

出典・参考資料
- 地域別最低賃金の全国一覧(厚生労働省、2026年9月16日確認)
- 労働基準法(第27条 出来高払制の保障給、第37条 割増賃金)(e-Gov法令検索、2026年9月16日確認)
- 2024年4月から労働条件明示のルールが変わります(厚生労働省、2026年9月16日確認)
- 事業主の方へ 従業員を雇う場合のルールと支援策(厚生労働省、2026年9月16日確認)
最低賃金額は都道府県ごとに毎年改定されます。記事内の時間額1,100円は計算例のための仮の数値で、実際の額は厚生労働省の一覧で確認してください。歩合給と割増賃金の計算、保障給の水準は個別の事情で判断が分かれるため、社会保険労務士にご相談ください。
VAULTA|美容室専門のLINE公式サポート
美容室に特化したLINE公式、
無料でおつくりします。
予約・再来店・求人・販促まで、LINEひとつで。美容室の集客と経営に効く公式アカウントを、無料で作成します。
無料でLINE公式を作成する↗友だち追加だけ。相談・作成は無料です。

コメント