美容室でスタッフを1人でも雇えば、雇入時と年1回の定期健康診断を実施する義務があります。労働安全衛生法第66条の義務は事業場の規模を問わず、「常時使用する労働者」が対象で、週の所定労働時間が正社員の4分の3以上のパートも含まれます。費用は事業者負担が原則です。
この記事では、義務になる健康診断の種類と項目、パート・アルバイトが対象になる条件、費用と受診時間の扱い、結果の保存と報告、異常所見があったときの対応、受診を断られたときの対応を、労働安全衛生法と厚生労働省の資料をもとに整理します。

結論:雇入時+年1回の定期健診が義務。パートは「4分の3以上」で対象。費用は店、結果は5年保存
「健康診断は大きな会社の話」と思われがちですが、労働安全衛生法の健康診断の義務は労働者を1人でも雇っていれば適用され、スタッフ3人の美容室も対象です。実施していない状態は法律違反で、労働基準監督署の調査で指摘される項目でもあります。
美容室の場合、常時50人未満の事業場がほとんどのため、定期健康診断の結果を労働基準監督署に報告する義務はありませんが、実施と記録の保存の義務は同じです。「対象者を確定する」「年1回受けさせる」「個人票を5年保存する」の3つを回せば、義務は果たせます。
雇入れ時の手続き全体は開業時のスタッフ採用はいつ始めるか、保健所への従業者の届出は保健所へのスタッフ登録で扱っています。この記事は「健康診断の義務と実務」に絞ります。
義務になる健康診断の種類
| 種類 | 時期 | 対象 | 美容室での要点 |
|---|---|---|---|
| 雇入時の健康診断 | 雇入れの際(入社時) | 常時使用する労働者 | 入社前3か月以内に受けた健診の結果を本人が提出すれば、その項目は省略可 |
| 定期健康診断 | 1年以内ごとに1回 | 常時使用する労働者 | 全員同じ時期にまとめて受診させると管理しやすい |
| 特定業務従事者の健康診断 | 6か月以内ごとに1回 | 深夜業など特定業務に常時従事する者 | 深夜(22時〜5時)の営業が常態でなければ通常は該当しない |
| 特殊健康診断 | 業務による | 有機溶剤など特定の有害業務 | 通常の美容業務は該当しないが、薬剤の取り扱いによる皮膚障害は別途、安全衛生の配慮が必要 |
雇入時健診の項目は定期健診とほぼ同じで、既往歴・業務歴、自覚症状・他覚症状、身長・体重・腹囲・視力・聴力、胸部X線、血圧、貧血検査、肝機能検査、血中脂質検査、血糖検査、尿検査、心電図です。定期健診では、年齢等の条件により医師の判断で省略できる項目がありますが、雇入時健診は省略できません。
パート・アルバイトは対象か — 「常時使用する労働者」の条件
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| ① 雇用期間 | 期間の定めがない、または1年以上の雇用が見込まれる(更新により1年以上になる場合を含む) |
| ② 労働時間 | 1週間の所定労働時間が、同じ事業場の正社員の4分の3以上 |
| 両方を満たす | 健康診断の実施義務の対象 |
| ①を満たし、②が2分の1以上4分の3未満 | 義務ではないが、実施が望ましいとされている |
正社員が週40時間の店なら、週30時間以上のパートは対象、週20時間以上30時間未満は「望ましい」となります。週3日・各5時間(週15時間)のパートは対象外です。対象かどうかを毎年確認し、契約の更新で労働時間が増えたパートを漏らさないようにします。パートの契約条件の書き方は雇用契約書と労働条件通知書の違いで扱っています。
年間スケジュールの例 — スタッフ6人の店
数字は仮の設定です。正社員4人、週32時間のパート1人(対象)、週15時間のパート1人(対象外)の店で、定期健診を毎年6月に集団で受ける場合の流れです。
| 時期 | やること | 担当 |
|---|---|---|
| 4月 | 対象者リストの更新(入退社・労働時間の変更を反映)。健診機関に日程を相談 | オーナー |
| 5月 | 受診日をシフトに組み込む(営業に支障のない曜日に2〜3人ずつ)。本人に案内 | 店長 |
| 6月 | 受診。費用は店が支払い、領収書を保管 | 各スタッフ |
| 7月 | 結果を回収し個人票に記録。本人へ通知。異常所見があれば医師の意見を聴く | オーナー |
| 随時 | 入社者の雇入時健診(入社前3か月以内の結果があれば代替) | オーナー |
受診日をシフトに組み込むと、「忙しくて行けない」という未受診を防げます。対象者リストの更新を毎年の起点にすると、労働時間が増えて対象になったパートの漏れも防げます。健診機関によっては、事業所単位で申し込むと日程調整や結果の一括送付に対応してもらえるため、店の名義でまとめて申し込む方が事務は軽くなります。年度の途中で入社した人は、雇入時健診の結果をその年の定期健診に代えることができる場合があるため、次回の受診時期を個人票に記録しておきます。

健康診断を実施する手順(5ステップ)
対象者を確定する
正社員全員と、雇用期間と労働時間の条件を満たすパートをリストにします。入社予定者は雇入時健診の対象です。
医療機関を決めて予約する
地域の健診機関や病院の「雇入時健診」「定期健診(法定項目)」のコースを使います。全員が同じ時期に受ける集団方式か、各自が予約する個別方式かを決めます。
受診させ、費用を店が払う
法定項目を含むコースを指定し、費用は店が負担します。受診時間を労働時間として扱うか(賃金を払うか)を事前に決め、周知します。
結果を受け取り、個人票を5年保存する
結果は「健康診断個人票」の様式で記録し、5年間保存します。厚生労働省の様式ダウンロードコーナーに様式があります。
異常所見のある人に対応する
異常所見があった労働者について、医師の意見を聴き、必要なら就業上の措置(労働時間の短縮、業務の変更など)を行います。本人への結果の通知は義務です。再検査の受診は本人に勧めます。
結果の保存は「個人票」の形で、店が責任を持って行います。本人に結果を渡しただけで店に記録がない状態は、保存義務を果たしていません。個人票は要配慮個人情報にあたるため、鍵のかかる場所またはアクセス制限のある電子データで保管し、閲覧できる人を限定します。
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費用と受診時間の扱い
| 項目 | 扱い | 補足 |
|---|---|---|
| 健診の費用 | 事業者負担が原則 | 法律で実施を義務づけている以上、当然に事業者が負担すべきものとされている |
| 受診時間の賃金(一般健診) | 法律上の義務ではないが、支払うことが望ましい | 労使で協議して決める。円滑な受診のため労働時間扱いにする店が多い |
| 受診時間の賃金(特殊健診) | 労働時間として賃金を払う | 美容室で該当するケースは少ない |
| 再検査・精密検査の費用 | 法定外のため本人負担が原則 | 店が補助する制度を設けることは可能 |
| 法定外の項目(がん検診など) | 本人負担が原則 | 福利厚生として店が負担する場合は全員に同じ条件で |
費用の目安は健診機関によって異なり、法定項目のみのコースで1人あたり1万円前後から数万円まで幅があります。スタッフ5人なら年に5万〜10万円程度が経費の目安で、勘定科目は福利厚生費として処理するのが一般的です。経費の考え方は経費の比率の見方で扱っています。
協会けんぽの生活習慣病予防健診を使う場合
協会けんぽに加入している店(社会保険の適用事業所)では、35歳以上の被保険者を対象に、協会けんぽの補助がある生活習慣病予防健診を受けられます。この健診は法定の定期健康診断の項目を含むため、定期健診として扱えます。補助の内容と自己負担額は年度で変わるため、協会けんぽの案内で確認してください。社会保険の適用は社会保険の加入義務で扱っています。
結果の報告 — 常時50人以上の事業場のみ
定期健康診断の結果報告書を労働基準監督署に提出する義務があるのは、常時50人以上の労働者を使用する事業場です。多くの美容室は該当しませんが、複数店舗を1つの事業場として運営し50人を超える場合は報告が必要になります。50人以上になると、産業医の選任や衛生管理者の選任、ストレスチェックの実施も義務になるため、多店舗化の際は労務体制の見直しが要ります。
受診を断られたとき・受診しない人への対応
労働者にも健康診断を受ける義務があります(労働安全衛生法66条5項)。店が指定した医療機関での受診を希望しない場合、本人が他の医師の健診を受けてその結果を提出することは認められています。「受けたくない」という拒否に対しては、法律上の義務であることを説明し、就業規則に受診義務と、正当な理由のない拒否を懲戒の対象とする旨を定めておくと対応の根拠になります。
受診しないまま放置すると、店側が実施義務を果たしていない状態と見られます。受診を勧めた記録(日付、方法、本人の返答)を残し、店として実施の努力をしたことを示せるようにします。就業規則の整備は美容室に就業規則は必要かで扱っています。労務の仕組みづくりはVAULTAの求人・採用・DX支援でも相談を受け付けています。
美容室特有の健康面の配慮
法定の健康診断とは別に、美容室では薬剤による手荒れ・接触皮膚炎、立ち仕事による腰痛、シャンプーによる肩・手首の負担が多く見られます。これらは定期健診の項目には含まれませんが、労働者の安全と健康を守る事業者の配慮義務の対象です。手袋の支給、薬剤の保護対策、休憩の確保、症状が出たときの業務調整を、健康診断とあわせて整えます。薬剤の管理は美容室の薬剤管理と廃棄の記事で扱っています。
よくある質問
入社時に本人が最近受けた健診の結果を持っていれば、雇入時健診は不要ですか?
入社前3か月以内に受けた健診で、法定の項目が含まれている結果を本人が提出すれば、その項目については雇入時健診を省略できます。項目が不足している場合は、不足分を受診させます。
業務委託の美容師にも健康診断が必要ですか?
業務委託は労働者ではないため、労働安全衛生法の健康診断の義務の対象外です。ただし実態が雇用と変わらない場合は労働者として扱われます。
オーナー自身は健康診断を受ける義務がありますか?
事業主本人は労働者ではないため、法律上の義務はありません。ただし、店の運営がオーナーの健康に依存している以上、自分の健診も年1回受けることを勧めます。国民健康保険の加入者は自治体の特定健診が使えます。
健診の結果を店が見てもよいのですか?
事業者は結果を記録・保存し、異常所見があれば医師の意見を聴く義務があるため、結果を把握すること自体は必要です。ただし要配慮個人情報にあたるため、閲覧者を限定し、目的外に使わないことが求められます。
健診の費用は給与から天引きできますか?
事業者負担が原則のため、本人負担にする運用は避けてください。法定外の項目を本人の希望で追加した分については、本人負担とすることは可能です。
健診を受ける日は休みにしてよいですか?
休日に受診させること自体は禁止されていませんが、受診時間を労働時間として扱う方が円滑です。休日に受診させる場合は、本人の同意と、休日出勤扱いにするかどうかの整理が必要です。
健康診断のチェックリスト
次の7項目で、実施状況を確認してください。
- 雇入時健康診断を入社時(または入社直前3か月以内の結果で代替)に実施している
- 定期健康診断を年1回、全対象者に実施している
- 週の所定労働時間が正社員の4分の3以上のパートを対象に含めている
- 費用を店が負担し、法定項目を含むコースを指定している
- 健康診断個人票を作成し、5年保存している
- 結果を本人に通知し、異常所見があれば医師の意見を聴いている
- 就業規則に受診義務と受診拒否時の扱いを書いている
健康診断は、「対象者の確定」「年1回の実施と費用負担」「個人票の5年保存」の3つで義務を果たせます。スタッフの健康は店の稼働そのものであり、法律の義務としてだけでなく、離職と休職を減らす投資として位置づけてください。

出典・参考資料
- 労働安全衛生法(第66条 健康診断、第66条の3 記録、第66条の4 医師の意見聴取)(e-Gov法令検索、2026年9月16日確認)
- 安全・衛生(厚生労働省、2026年9月16日確認)
- 主要様式ダウンロードコーナー(健康診断個人票ほか)(厚生労働省、2026年9月16日確認)
- 事業主の方へ 従業員を雇う場合のルールと支援策(厚生労働省、2026年9月16日確認)
健康診断の項目・対象者の条件・保存期間は法令の改正で変わることがあります。実施の際は厚生労働省の最新の案内と労働安全衛生規則を確認し、個別の判断は社会保険労務士または産業保健の専門家にご相談ください。記事内の費用は目安で、健診機関により異なります。
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