美容室の営業前後の練習・レッスンは、店が指示している、または参加が事実上強制されているなら労働時間です。「自主練」という名称でも、不参加が評価に響く、店が内容と時間を決めている、先輩の指導が業務として行われている、といった実態があれば労働時間として賃金と残業代の対象になります。
この記事では、労働時間かどうかの判断基準、営業前後のレッスンが労働時間になる条件、本当の自主練との線引き、残業代の計算例、記録の方法、就業規則への書き方を、厚生労働省のガイドラインをもとに整理します。

結論:指揮命令下にある練習は労働時間。自主練と言えるのは「参加自由・評価に影響しない・内容を店が決めない」場合だけ
労働時間とは、使用者の指揮命令下に置かれている時間のことで、「練習」「レッスン」「自主練」といった名称や、営業時間の内外は関係ありません。厚生労働省の「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」でも、使用者の指示により業務に必要な学習等を行っていた時間は労働時間として扱うことが示されています。
美容業界では「アシスタント時代は営業後に練習するのが当たり前」という慣行が長く続いてきましたが、店が練習の内容・時間・参加を決めている以上、それは業務の一部です。未払い賃金として退職後に請求される事例も珍しくなく、労働時間の把握とあわせて整理が必要です。
賃金の下限との関係は歩合給と最低賃金、就業規則への書き方は美容室に就業規則は必要かで扱っています。この記事は「練習時間の線引きと計算」に絞ります。
労働時間になる練習・ならない練習
| 場面 | 判断 | 理由 |
|---|---|---|
| 店長が「営業後に全員でカット練習」と指示 | 労働時間 | 使用者の明示の指示 |
| 指示はないが、参加しないと昇格試験を受けられない・評価が下がる | 労働時間 | 事実上の強制(黙示の指示) |
| 先輩が営業後に後輩をチェックする「レッスン」が店の教育カリキュラムになっている | 労働時間 | 業務としての教育 |
| 店内のカット試験・検定 | 労働時間 | 店が実施する業務上の試験 |
| 営業前の朝礼、掃除、準備 | 労働時間 | 業務の準備行為 |
| 本人が希望し、店は場所と器具を貸すだけ。参加自由で評価に影響しない。内容も本人が決める | 労働時間ではない | 指揮命令下にない自主的な活動 |
| 外部の講習に本人の希望で休日に参加(店の指示なし、費用も本人) | 労働時間ではない | 自主的な自己研鑽 |
境界にあるのは「指示はしていないが、練習しないと技術が身につかず、結果として昇格が遅れる」ケースです。店が用意したカリキュラムに沿って、店が定めた到達基準に向けて練習し、先輩がチェックする仕組みであれば、実態として店の教育制度であり、労働時間と判断される可能性が高いと考えて設計する方が安全です。
自主練と言えるための条件
- 参加が自由:参加しなくても不利益がなく、それを周知している
- 評価に影響しない:昇格試験の受験資格や評価項目に「練習への参加」がない
- 内容・時間を店が決めない:何を何時までやるかは本人が決める。店は場所と器具を貸すだけ
- 先輩の指導が業務でない:先輩が「指導するよう指示されている」なら、先輩の時間も労働時間
- 時間の上限がある:閉店後の店の利用時間に上限を設け、深夜に及ばないようにする
これらをすべて満たす自主練は労働時間ではありませんが、「店に残っている以上、何かあれば店の責任」という側面は残ります。閉店後の利用ルール(施錠、火気、薬剤の使用、利用時間の上限)を決めておくことは、労働時間の問題とは別に必要です。

練習時間の扱いを整理する手順(5ステップ)
今の練習を3つに分類する
「店の指示で行う練習・レッスン」「指示はないが事実上参加が必要な練習」「本人の自由な自主練」に分けます。2つ目は1つ目と同じ扱いにします。
指示・事実上強制の練習は労働時間に組み入れる
シフトに練習枠を入れ、開始・終了を打刻します。営業時間内に練習枠を設ける(モデル撮影日、閑散時間帯のレッスン)と、残業を増やさずに教育時間を確保できます。
自主練の条件を決めて周知する
参加自由・評価に影響しない・内容は本人が決める・利用時間の上限、を文書で周知します。周知していないと、後から「事実上強制だった」と判断される材料になります。
残業代の計算を見直す
練習時間を含めた実労働時間で、1日8時間・週40時間を超えた分に25%以上の割増賃金を払います。深夜(22時〜5時)に及べばさらに25%以上の割増です。
就業規則と労働条件通知書に明記する
「会社が実施するレッスン・試験は労働時間とする」「自主練習は任意であり、参加の有無は評価に影響しない」と書きます。
「練習は労働時間ではないという同意書」をスタッフから取っても、実態が指揮命令下にあれば労働時間です。労働基準法の基準を下回る合意は無効で、同意書があっても未払い賃金の請求は防げません。実態を変えるか、労働時間として払うかのどちらかです。
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残業代の計算例 — 営業後の練習を労働時間として扱った場合
数字は仮の設定です。所定労働時間は1日8時間・週5日(週40時間)、月給22万円(月平均所定労働時間170時間、時間額約1,294円)、営業後に週3回・各1.5時間のレッスンを店の指示で行っている場合です。
| 項目 | 計算 | 金額(月あたり概算) |
|---|---|---|
| レッスン時間 | 1.5時間×3回×約4.3週 | 約19.5時間 |
| 時間額 | 220,000円÷170時間 | 約1,294円 |
| 割増賃金(時間外25%) | 1,294円×1.25×19.5時間 | 約31,500円 |
| 年間 | 31,500円×12か月 | 約378,000円 |
| アシスタント3人分・2年分 | 378,000円×3人×2年 | 約2,268,000円 |
この例では、練習を労働時間として扱っていなかった場合、アシスタント3人・2年分で約227万円の未払いが生じている計算です。賃金請求権の時効は当面3年(法律上は5年で、経過措置により3年)で、退職後にまとめて請求されると、資金繰りに直接響きます。週の練習回数を減らす、営業時間内に教育枠を設ける、練習時間分を見込んだ給与設計にする、のいずれかで対応します。人件費の全体は経費の比率の見方で扱っています。
営業時間内に教育時間を作る方法
閑散時間帯(平日の午前や午後の早い時間)に、アシスタントのレッスン枠を予約システム上でブロックする、月に1〜2回モデル撮影・技術チェックの日を営業時間内に設ける、先輩が施術する横で見学とアシストを兼ねた教育を行う、といった方法があります。営業時間内の教育は追加の人件費がかからず、先輩の指導時間も業務として整理できます。予約枠の設計は予約システムで電話対応を減らす方法が参考になります。
労働時間の記録方法
ガイドラインは、使用者が労働時間を客観的な方法(タイムカード、ICカード、PCの使用時間の記録など)で把握することを原則としています。練習の開始・終了も打刻の対象にし、営業終了の打刻の後に練習を行う運用は避けます。記録は賃金台帳とともに保存義務があり(当面3年)、未払いの争いになったときの店側の証拠にもなります。勤怠アプリの導入はVAULTAの求人・採用・DX支援でも相談を受け付けています。
求人票で「練習の扱い」を先に示す
練習時間の扱いは、応募者が最も気にする条件の一つです。「レッスンは営業時間内、月8時間の教育枠」「営業後のレッスンは労働時間として給与に反映」のように求人票で明示すると、「練習が多くて帰れない」という不安を先に消せ、店の労務管理が整っていることの証拠になります。逆に、練習の扱いを書かない求人票は、経験者から「営業後に無給の練習がある店」と推測されます。求人票の書き方は応募が来る美容師求人票の書き方で扱っています。
練習の扱いを変えるときの進め方
| 今の状態 | 変更の方向 | 進め方の要点 |
|---|---|---|
| 営業後に毎日、店の指示で練習(無給) | 労働時間に組み入れ、回数を減らす | 週2〜3回に絞り、打刻と割増賃金を開始。残りは営業時間内の教育枠へ移す |
| 先輩が自主的に後輩を見ている(店は黙認) | 店の教育制度として位置づけるか、完全に任意にするか決める | 制度化するなら先輩の指導時間も労働時間。任意にするなら評価と切り離し、周知 |
| 練習参加が昇格の条件になっている | 評価を到達度に変える | 昇格試験の基準を技術の到達度だけにし、試験の時間は労働時間に |
| 業務委託の美容師にも練習参加を求めている | 任意の勉強会に変える | 参加の有無を契約条件・報酬に結びつけない |
変更のときは、スタッフに「なぜ変えるのか」(法律への対応と、教育時間を営業時間内に確保する方針)を説明し、就業規則の改定と労働条件通知書の再交付をセットで行います。練習を減らすことに不安を持つスタッフには、営業時間内の教育枠の内容と到達目標を示すと、納得が得られやすくなります。
評価・昇格制度と練習の関係
「練習に来ないアシスタントは昇格させない」という運用は、練習を事実上強制にします。評価は「技術の到達度(カット試験の合格、施術の品質)」で行い、「練習への参加回数」を評価項目にしないことが、自主練を自主練のままにする条件です。到達度を測る試験は店が実施する業務なので、試験の時間は労働時間として扱います。
技術の習得を早めたいなら、営業時間内の教育枠と、店が指示する(=賃金を払う)レッスンを組み合わせ、自主練は本人に任せる形が、法律面と定着の両方で安定します。教育の仕組みはスタッフ教育・育成のやり方、離職との関係は美容師の離職理由をオーナー側から見るで扱っています。
よくある質問
アシスタントが自分から「練習したい」と言って残っています。労働時間ですか?
本人の希望で、店が内容を決めず、参加しなくても評価に影響しないなら労働時間ではありません。ただし先輩が指導している場合、その先輩が指導を店から指示されていれば先輩の時間は労働時間です。また、本人の希望であっても利用時間の上限は決めてください。
練習の材料(ウィッグ・薬剤)を店が支給すると労働時間になりますか?
材料の支給だけで労働時間になるわけではありません。判断の中心は指揮命令の有無です。ただし、店が材料を支給し、カリキュラムを定め、到達基準を設けている場合は、全体として店の教育制度と見られやすくなります。
営業時間内の練習は売上が減るのでは?
閑散時間帯に枠を設ければ、売上への影響は限定的です。営業後の練習を労働時間として払う場合の割増賃金と比べ、営業時間内の教育の方が人件費は低く、先輩の負担も業務として整理できます。
業務委託の美容師に練習参加を求めてもよいですか?
業務委託は指揮命令ができない契約です。練習への参加を求めると、労働者性を示す要素になります。任意の勉強会として案内し、参加の有無を契約条件に結びつけないでください。
過去の練習時間分の未払いを請求されたら?
実態が労働時間であれば支払い義務があります。労働時間の記録がない場合は本人の記録(メモ、LINEの履歴など)が証拠になることがあります。放置せず、社会保険労務士または弁護士に相談してください。
レッスン時間を固定残業代に含めてもよいですか?
固定残業代の時間数に含めることは可能ですが、時間数と金額を明示し、超えた分は別途支払う必要があります。固定残業代の設計は労働条件通知書に内訳を書くことが前提です。
練習時間のチェックリスト
次の7項目で、今の運用を確認してください。
- 店が指示する練習・レッスンは労働時間として賃金を払っている
- 自主練は参加自由で、不参加が評価・昇格に影響しないと周知している
- 練習の開始・終了時刻をタイムカードや勤怠アプリで記録している
- 練習時間を含めて週40時間を超えた分に割増賃金を払っている
- 試験・検定(店内のカット試験など)は労働時間として扱っている
- 就業規則・労働条件通知書に練習の扱いを明記している
- 労働時間の記録を3年以上保存している
練習時間は、「指揮命令下なら労働時間」「自主練は参加自由・評価に影響しない・内容を店が決めない」「記録して払う」の3点で整理できます。慣行のまま放置すると未払い賃金と離職の両方につながり、整理すれば教育制度として求人でも訴求できます。

出典・参考資料
- 労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン(厚生労働省、2026年9月16日確認)
- 労働時間・休日(厚生労働省、2026年9月16日確認)
- 労働基準法(第32条 労働時間、第37条 割増賃金、第109条 記録の保存)(e-Gov法令検索、2026年9月16日確認)
労働時間の判断は個別の実態によります。記事内の金額・時間は計算例のための仮の設定です。賃金請求権の時効や記録の保存期間は法改正・経過措置で変わることがあるため、厚生労働省の最新の案内を確認し、個別の判断は社会保険労務士にご相談ください。
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