美容室はスタッフを1人でも雇えば、パワハラ防止の方針の周知・相談窓口の設置・発生時の適切な対応が義務です(労働施策総合推進法第31条)。業務上必要かつ相当な範囲の技術指導はパワハラに当たらず、その範囲を超えた言動で就業環境を害するものが対象です。
パワハラの定義と6つの類型、技術指導や練習で起きやすい場面の線引き、2026年10月1日から適用された改正指針のポイント、小さな店でも機能する相談窓口の作り方、相談があったときの対応手順、カスハラとの違いを順にまとめます(2026年10月時点の情報です)。
結論:美容室が講じなければならないパワハラ防止措置の早見表
パワハラ防止措置は、中小企業も2022年4月1日から義務になり、店の規模による例外はありません。厚生労働省の指針が定める措置は「方針を決めて伝える」「相談を受ける」「起きたら対応する」「秘密と不利益の禁止を守る」の4つに整理できます。
| 措置 | やること | 小さな店でのやり方 |
|---|---|---|
| ① 方針の明確化と周知 | パワハラの内容と「行ってはならない」方針を示し、行った人への処分を就業規則などに定めて周知する | 方針文をバックルームに掲示し、雇用契約時に配布する。懲戒規定を整える |
| ② 相談体制の整備 | 相談窓口を決めて周知し、担当者が適切に対応できるようにする。該当するか微妙な相談も受ける | 店内の担当者と店外の窓口(社会保険労務士など)の2系統を用意する |
| ③ 事後の迅速・適切な対応 | 事実確認、被害者への配慮、行為者への措置、再発防止 | 受付から面談・判断までの手順と記録の様式を先に決めておく |
| ④ 併せて講ずる措置 | 相談者・行為者のプライバシー保護、相談を理由とする不利益取扱いの禁止を定めて周知する | 方針文に明記し、相談内容を共有する範囲を限定する |
措置を怠っても直接の罰則はありませんが、厚生労働大臣(都道府県労働局)の助言・指導・勧告の対象になり、勧告に従わなければ店名が公表されることがあります(同法第42条)。報告を求められて応じない、または虚偽の報告をした場合は20万円以下の過料です(同法第51条)。条番号は2026年10月1日の改正法施行に伴うもので、それ以前の第30条の2にあたります。
パワハラとは何か — 3つの要素と6つの類型
職場のパワーハラスメントとは、①優越的な関係を背景とした言動であって、②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるもので、3つの要素をすべて満たすものをいいます。客観的にみて必要かつ相当な範囲で行われる業務指示や指導は該当しません。
「優越的な関係」には、オーナーや店長などの上位者だけでなく、技術や経験が豊富で協力を得なければ仕事が回らない先輩スタッフや、同僚の集団による言動も含まれます。パート・アルバイトも対象で、店外の講習会場や撮影現場も業務を行う場所なら「職場」にあたります。
| 類型 | 該当すると考えられる例(指針) | 該当しないと考えられる例(指針) |
|---|---|---|
| 身体的な攻撃 | 殴る、蹴る、物を投げつける | 誤ってぶつかる |
| 精神的な攻撃 | 人格を否定する言動、必要以上に長時間の厳しい叱責の繰り返し、他の人の面前での大声の威圧的な叱責の繰り返し、能力を否定するメールを複数人に送る | 再三注意しても遅刻が改善しない人に一定程度強く注意する |
| 人間関係からの切り離し | 意に沿わない人を仕事から外し長期間隔離する、集団で無視して孤立させる | 新人を育成するため短期間集中的に別室で研修する |
| 過大な要求 | 教育をしないまま到底達成できない目標を課して叱責する、私的な雑用を強制する | 育成のために少し高いレベルの業務を任せる |
| 過小な要求 | 嫌がらせのために仕事を与えない、退職させるために誰でもできる業務だけをさせる | 能力に応じて業務内容や量を一定程度軽くする |
| 個の侵害 | 職場の外でも継続的に監視する、性的指向や病歴などの機微な情報を本人の了解なく暴露する | 配慮のために家族の状況などをヒアリングする |
該当するかどうかは、言動の目的、問題行動の有無と程度、言動の態様・頻度・継続性、本人の心身の状況などを総合して判断されます。就業環境が害されたかは、同じ状況で社会一般の労働者がどう感じるかという「平均的な労働者の感じ方」が基準です。
美容室で起きやすい場面と線引き — 技術指導・練習・店販・SNS
美容室で問題になりやすいのは、技術指導そのものではなく、指導の場所・言葉・時間・回数が必要な範囲を超える場面です。同じ注意でも、伝え方を変えるだけで指導として成立します。
| 場面 | パワハラになりうる言動 | 指導として適切なやり方 |
|---|---|---|
| 施術中のミス | お客様や他のスタッフの前で大声で叱る、それを繰り返す | その場は短く止めて、施術後にバックで具体的に伝える |
| カット練習のチェック | 「何年やってるの」「センスがない」と人格や能力を否定する | チェック項目と合格基準を示し、できた点とできていない点を分けて伝える |
| 営業後の練習会 | 参加を事実上強制し、深夜まで続ける | 時間を決めて労働時間として扱い、自主練習は本人に任せる |
| LINEグループ | 全員が見るグループで特定の人の能力を否定するメッセージを送る | 個別の連絡や面談で、事実と改善点を伝える |
| 店販・モデル集めの目標 | 未達分の商品を自腹で買わせる、達成できないと人格を責める | 目標は示しても購入は強制しない。達成の方法を一緒に考える |
| 予約の振り分け | 気に入らないスタッフに予約を回さず、仕事を与えない | 技術の段階に合わせて担当を決め、理由を本人に説明する |
| 休日・私生活 | 個人のSNSを監視して私生活に口を出す、私用の買い物をさせる | 店のアカウント運用ルールの範囲に限って確認する |
営業後の練習は、参加が事実上強制されていれば労働時間になります。練習の扱いは練習時間は労働時間かで、店販の目標と歩合の設計は店販の歩合の決め方で整理しています。教える側の負担を減らすには、合格基準を文書にした教育・育成の仕組みを先に作ることが効果的です。
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2026年10月から何が変わったか — 改正指針と、カスハラとの違い
2026年10月1日に改正労働施策総合推進法が施行され、パワハラ指針も改正版が適用されています。美容室に関係が深いのは、店販品などの「買い取り強要」もパワハラになりうると指針に明記されたことと、カスタマーハラスメント(カスハラ)と求職者等へのセクハラの防止措置が新たに義務になったことです。
- 商品の買い取り強要等:事業主が労働者の自由な意思に反して自社の商品・サービスを購入させる行為に関連する言動も、3つの要素を満たせばパワハラに該当すると指針に書かれました。
- カスハラ防止措置の義務化:お客様などからの、社会通念上許容される範囲を超えた言動から従業員を守る措置が義務になりました(同法第33条)。
- 求職者等へのセクハラ防止措置の義務化:サロン見学や面接、SNSでのやり取りなど、求職者に対する性的な言動を防ぐ措置が義務になりました(男女雇用機会均等法)。
| 項目 | パワハラ | カスハラ |
|---|---|---|
| 行為者 | オーナー・店長・先輩・同僚など社内の人 | お客様、取引先、今後来店する可能性のある人など |
| 判断の基準 | 業務上必要かつ相当な範囲を超えているか | 業務の性質などに照らして社会通念上許容される範囲を超えているか |
| 根拠 | 労働施策総合推進法第31条 | 同法第33条 |
| 義務になった時期 | 中小企業は2022年4月1日 | 規模を問わず2026年10月1日 |
| 特有の措置 | 行為者への懲戒など社内での処分 | 悪質なカスハラへの対処方針と、それを実行できる体制の整備 |
相談窓口や事実確認の手順は共通する部分が多いため、パワハラ・セクハラ・カスハラを1つの窓口でまとめて受けるのが現実的です。カスハラの対応方針と掲示文はカスハラ対策の義務化で店がやることで解説しています。
相談窓口の作り方 — スタッフ数人の店でも機能させる5つの手順
小さな店の相談窓口は、店内の担当者と店外の窓口の2系統にするのが基本です。オーナーや店長自身が行為者になりうる店で窓口が1つだけだと、相談そのものが出てこないためです。指針も、措置の対象には事業主(法人なら役員)自身の言動が含まれるとしています。
-
方針を文書にして掲示・配布する
下の文例を店に合わせて直し、バックルームへの掲示と雇用契約時の配布で周知します。就業規則がある店は、禁止規定と懲戒規定も整えます。
-
窓口を2系統決める
店内は店長やオーナー以外の担当者を置けるなら置き、店外は顧問の社会保険労務士や外部の相談サービスに委託します。委託は指針でも窓口の設け方の例として示されています。
-
受け方と記録の様式を決める
相談日時、相談者、相手方、いつ・どこで・何があったか、目撃者、相談者の希望を記録します。該当するか微妙な相談も受け、否定せずに聞くことを担当者と確認しておきます。
-
秘密の保護と不利益取扱いの禁止を伝える
相談内容を共有する人の範囲を決め、相談したことや事実確認に協力したことを理由に、シフトや評価で不利に扱わないことを明記します。
-
年1回、運用を見直す
面談やアンケートで、相談しやすいかを確認します。日ごろのスタッフ面談(1on1)の中で聞くと、小さな兆候に早く気づけます。
掲示用の方針文例(店名や窓口を書き換えて使えます)
- 当店は、職場におけるパワーハラスメントを許しません。職務上の立場や経験の差を背景に、業務に必要な範囲を超えた言動で他のスタッフの就業環境を害することを禁止します。
- 人格を否定する言葉、お客様や他のスタッフの前での大声の叱責の繰り返し、私的な用事の強制、店販品などの購入の強制が含まれます。
- パワーハラスメントを行った人は、就業規則の懲戒規定に基づき厳正に対処します。
- 相談窓口:店内は店長(○○)、店外は○○社会保険労務士事務所(電話○○)です。相談内容の秘密は守り、相談したことを理由に不利益に扱うことはありません。
- 業務上必要な範囲の技術指導や注意はパワーハラスメントではありません。教える人も教わる人も、互いを尊重して働きましょう。
パワハラの相談があったときの対応 — 事実確認から再発防止まで
相談を受けたら、相談者と行為者の双方から速やかに事実を確認し、確認できた場合は被害者への配慮と行為者への措置を行い、確認できなかった場合も再発防止の措置を取ります。指針は、この一連の対応を事業主の義務としています。
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受付と安全の確保(当日〜数日以内)
相談者の話を記録し、心身の状態を確認します。必要ならシフトを分けるなど、事実確認の間も接触を減らします。
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双方と第三者から事実を確認する
相談者と行為者の双方から聞き取り、主張が食い違う場合は目撃したスタッフにも聞きます。確認が難しい場合は、都道府県労働局の調停(同法第37条)など中立な第三者の手続きを使う方法もあります。
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被害者への配慮と行為者への措置を行う
関係改善の援助、シフトや担当の分離、行為者の謝罪、労働条件上の不利益の回復などを行います。行為者には就業規則に基づく懲戒などの措置を取ります。
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再発防止に取り組む
方針の再周知や研修を行います。パワハラが確認できなかった場合も、同じように再発防止の措置を取ります。
行為者への懲戒は、就業規則の根拠と処分の相当性が必要です。重い処分や退職に関わる判断が必要になった場合の注意点は、スタッフに辞めてもらうときの手順で解説しています。相談した人やその協力者を不利に扱うことは、法律で禁止されています(同法第31条第2項)。
パワハラ防止の体制を次の8項目で点検してください。
- パワハラを行ってはならない方針を文書にし、掲示と配布で周知している
- 行為者への処分を就業規則などに定めている
- 店内と店外の2系統の相談窓口を決め、スタッフに伝えている
- 相談の記録様式と、共有する人の範囲を決めている
- 相談を理由に不利益に扱わないことを明記している
- 店販品やモデル集めの目標で、購入や自己負担を強制していない
- 営業後の練習の時間と労働時間としての扱いを決めている
- カスハラと求職者等へのセクハラの方針も、同じ窓口で受けられるようにしている
よくある質問
スタッフが2〜3人の小さな美容室でもパワハラ防止措置は義務ですか?
義務です。中小企業も2022年4月1日から対象になり、雇っている人数による例外はありません。パートやアルバイトだけを雇っている店も対象です。
厳しく注意しただけでパワハラになりますか?
必ずしもなりません。指針は、再三注意しても遅刻などが改善しない人に一定程度強く注意することは該当しない例としています。人格の否定や、長時間・人前での大声の叱責の繰り返しは該当しうるため、注意の仕方が分かれ目です。
オーナー自身がパワハラをしてしまった場合はどうなりますか?
事業主(法人なら役員)の言動も、防止措置の対象に含まれます。オーナーが行為者になりうる店ほど、社会保険労務士など店外の相談窓口を用意し、相談を受けたら第三者を交えて事実を確認することが必要です。
業務委託の美容師へのパワハラも対象になりますか?
労働施策総合推進法の防止措置は雇用する労働者が対象ですが、業務委託の美容師にはフリーランス・事業者間取引適正化等法第14条により、ハラスメントの相談体制の整備などが義務になっています。指針も、労働者以外への言動に注意を払うことが望ましいとしています。
防止措置を取っていないと罰則はありますか?
直接の罰則はありません。ただし労働局の助言・指導・勧告の対象になり、勧告に従わない場合は店名が公表されることがあります。報告を求められて応じない、または虚偽の報告をした場合は20万円以下の過料です。
出典:労働施策総合推進法第31条・第32条・第33条・第37条・第42条・第51条、事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号、2026年10月1日適用版)、厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」および改正法リーフレット(2026年10月1日施行)、厚生労働省「モデル就業規則」(2025年12月版)第12条・第68条、フリーランス・事業者間取引適正化等法第14条(厚生労働省「職場におけるハラスメントの防止のために」、e-Gov法令検索「労働施策総合推進法」)。個別の判断は社会保険労務士、弁護士または都道府県労働局雇用環境・均等部(室)に確認してください。
パワハラ防止は方針の掲示と2系統の相談窓口から始まります。まず掲示用の方針文を店に合わせて直し、店外の相談先を1つ決めてスタッフに伝えてください。
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