美容室がスタッフの副業を制限できるのは、本業への支障・情報漏えい・店の信用を損なう行為・競業の4つの場合に限られ、それ以外は届出制で認めるのが基本です(厚生労働省モデル就業規則第70条)。他店に雇われて働く副業では、労働時間が自店と通算されます(労働基準法第38条)。
休日の面貸し・業務委託・訪問美容・SNS収入といった美容師に多い副業の扱い、顧客の引き抜きとの線引き、就業規則の例文と届出制の回し方を順にまとめます(2026年10月時点の情報です)。
結論:美容師の副業について店が決めておく6つのルール
美容師の副業は「原則として認める・届出で把握する・4つの場合だけ制限する」の3段構えで考えます。厚生労働省の「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(2022年7月改定)とモデル就業規則(2025年12月版)が、この考え方を示しています。
| 論点 | 店のルール | 根拠 |
|---|---|---|
| ① 副業を認めるか | 勤務時間外の副業は原則として認める。全面禁止の規定を置いても、4つの場合以外の制限は認められにくい | モデル就業規則第70条第1項、裁判例 |
| ② 把握の方法 | 事前の届出制にする。届出や相談をしたことを理由に不利益に扱わない | モデル就業規則第70条第2項と解説 |
| ③ 制限できる場合 | 本業への支障、企業秘密の漏えい、名誉・信用を損なう行為、競業による利益侵害 | 同上、副業・兼業ガイドライン |
| ④ 他店に雇われる副業 | 労働時間を通算し、法定労働時間を超えた部分には割増賃金が必要 | 労働基準法第38条第1項・第37条 |
| ⑤ 業務委託・面貸し・SNS | 雇用でなければ労働時間は通算しない。ただし長時間にならないよう配慮する | 副業・兼業ガイドライン |
| ⑥ 美容所以外での施術 | 自宅や知人宅での施術は原則不可。訪問美容など法令の例外に限る | 美容師法第7条、同法施行令第4条 |
ここでいう副業には、他店に雇われる形だけでなく、業務委託や面貸し、個人事業として行うものも含まれます(モデル就業規則の解説)。就業規則の作成義務がない10人未満の店でも、副業のルールを雇用契約書や社内規程として書面にしておくと運用がぶれません。就業規則の整え方は美容室に就業規則は必要かで解説しています。
副業を禁止・制限できるのはどんな場合か — 4つの事由を美容室に当てはめる
禁止・制限できるのは、①労務提供上の支障がある場合、②企業秘密が漏えいする場合、③店の名誉や信用を損なう・信頼関係を破壊する場合、④競業により店の利益を害する場合の4つです。ガイドラインは、勤務時間外の過ごし方は基本的に労働者の自由だとしており、「なんとなく心配」という理由だけでは制限できません。
| 制限事由 | 美容室で制限しやすい例 | 制限しにくい例 |
|---|---|---|
| ① 労務提供上の支障 | 定休日にも副業を入れて連勤が続き、営業日に遅刻や施術ミスが増える | 定休日に月2回、半日だけ他店を手伝う |
| ② 企業秘密の漏えい | 顧客名簿・カルテ・LINE公式の友だちリスト、独自の薬剤レシピや原価表を副業先で使う | 美容師として身につけた一般的な技術を使う |
| ③ 名誉・信用の毀損 | 店名を出して不適切な投稿をする、店内写真や制服を使って別の活動を宣伝する | 店と無関係な趣味のSNSを運用する |
| ④ 競業 | 近隣で自店の顧客を相手に個人で施術する、競合店の運営に役員として関わる | 商圏が重ならない地域でのヘアメイクの仕事 |
競業を理由に制限する場合も、ガイドラインは職種や地位を考慮して範囲を決めることが望ましいとしています。店長やトップスタイリストと入社1年目のアシスタントとでは、同じ副業でも店に与える影響が違うため、一律に線を引かず届出の内容ごとに判断します。
届出のない副業が見つかったときも、いきなり懲戒にせず、まず届出を求めて4つの事由に当たるかを確認するのが厚生労働省の示す順番です。裁判例では、本業に支障のない副業を理由とした懲戒解雇が無効とされた例がある一方、毎日6時間に及ぶ深夜の無断就労を理由とした解雇は有効とされています(小川建設事件・東京地裁昭和57年11月19日決定)。
美容師に多い副業は何に注意するか — 面貸し・業務委託・訪問美容・SNS
副業が「雇用」か「業務委託・個人事業」かで、店が確認すべきことが変わります。雇用なら労働時間の通算、業務委託や面貸しなら競業と顧客情報が中心で、どの形でも美容所以外では施術しないという美容師法のルールが共通の論点です。
| 副業の形 | 労働時間の通算 | 法律上の注意 | 届出で確認すること |
|---|---|---|---|
| 他店でパート・アルバイト(雇用) | する | 法定労働時間を超えた部分の割増賃金 | 勤務日・時間、残業の見込み |
| 休日に他店で面貸し・業務委託 | しない(実態が雇用なら通算) | 副業先の美容所の開設者が、従業者の変更を保健所に届け出る(美容師法第11条第2項) | 店名・場所、自店の顧客を誘導しないこと |
| 訪問美容(出張美容) | しない(個人で受ける場合) | 病気などで来店できない人、婚礼などの儀式の直前など、法令と条例で認められた場合に限る | 依頼の受け方、賠償保険の有無 |
| 自宅・知人宅での施術 | — | 美容所以外での業は美容師法第7条違反。業務停止の対象(同法第10条第2項) | 認めない |
| SNS・動画の収入、商品PR | しない | メーカーから対価や商品を受けた投稿は「広告」「PR」の表示が必要 | 店名の出し方、店内での撮影の可否 |
| 美容学校・セミナーの講師 | 雇用なら通算 | 店の教育資料・技術資料の扱い | 持ち出してよい資料の範囲 |
面貸しや業務委託でも、施術する店の側では、その美容師を従業者として保健所に届け出る必要があります。手続きは副業先の店が行いますが、自店の届出にも同じスタッフが載っているため、副業の開始と終了を届出書で把握しておくと確認が早く済みます。届出の流れは保健所へのスタッフ登録と変更届、出張で施術する場合の条件は訪問美容の始め方で整理しています。
SNSの収入やPR案件は、店の名前を出すかどうかで論点が変わります。店名やサロンの写真を使うなら③信用の問題として事前に可否を決め、PR表記のルールはステマ規制への対応に合わせます。副業の所得が年20万円を超えると、本人の確定申告が必要になる点もスタッフに伝えておきます(ガイドライン)。
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顧客の引き抜きとどこで線を引くか — 在職中は「店の顧客を副業に誘導しない」
在職中のスタッフが、自店で担当した顧客を副業先や個人の施術に誘導することは、競業による利益侵害として制限でき、悪質なら懲戒の対象にもなりえます。労働者は在職中、店の正当な利益を不当に害さない義務を信義則上負うとされているためです(協立物産事件・東京地裁平成11年5月28日判決ほか)。
- 担当顧客に個別連絡して副業先を案内する:競業として制限できます。届出の段階で「自店の顧客を勧誘しない」ことを条件にします。
- 店のカルテ・予約データ・LINE公式の友だちを使う:認めません。店が集めた個人情報を別の目的に使うことになり、店も従業者を監督する責任を問われます(個人情報保護法第18条・第24条)。
- 副業先のSNSで自店の名前を出して集客する:店の信用と競業の両方に関わるため、事前に可否と表記を決めます。
- 顧客が自分で副業先を見つけて来店した:顧客の選択は自由です。ただし同じことが続くなら、届出の内容と実態がずれていないか面談で確認します。
退職後に「一定期間、近隣で開業しない」といった競業避止の約束は、職業選択の自由との関係で、期間・地域・代償の有無などから有効性が厳しく判断されます。在職中の副業ルールとは別の問題として、独立時の法的なもめごとを避ける方法で整理しておきます。
他店に雇われる副業の労働時間はどう通算するか — 後から契約した店が割増を払うのが原則
スタッフが自店と他店の両方で雇われている場合、2つの店の労働時間は通算され、法定労働時間を超えた部分には割増賃金が必要です(労働基準法第38条第1項、昭和23年5月14日基発第769号)。所定労働時間は契約を先に結んだ店から順に通算するため、後から雇った店が割増を負担する形になりやすい点に注意します。
| 管理の方法 | 内容 | 向く場面 |
|---|---|---|
| 原則的な方法 | 所定労働時間は契約の早い順に、所定外労働は実際に行われた順に通算し、法定を超えた部分を各店が割増賃金で払う | 副業先と勤務時間をこまめに共有できる |
| 管理モデル(簡便な方法) | 先に契約した店の法定外労働時間と、後の店の労働時間の合計が単月100時間未満・複数月平均80時間以内になるよう各店が上限を決める。先の店は自店の法定外、後の店は自店の労働時間すべてに割増を払う | 副業先の実労働時間を毎月確認しにくい |
試算 — 自店で7時間働いた日に、他店で2時間アルバイトした場合(仮の設定)
先に契約した自店で10:00〜18:00(休憩1時間、実働7時間)働き、同じ日の19:00〜21:00に他店で2時間アルバイトしたとします。通算すると9時間で、1日8時間を超える1時間は後から契約した他店の時間外労働です。他店の時給が1,200円なら、その1時間は1,200円×1.25=1,500円で払う必要があります。数字は説明のために置いた仮の設定です。
自店が「後から契約した店」になるのは、他店で働いているパート美容師を雇うときです。採用時に他店の勤務日と時間を申告してもらい、通算で8時間を超えるシフトを避けるか、割増賃金を見込んでおきます。採用時の確認事項はパート・時短美容師の採用も参考にしてください。
割増賃金の計算では副業先の時間を通算しない方向の見直しが労働政策審議会で議論されていますが、2026年10月時点で法改正は成立しておらず、現行の通算ルールが適用されます。健康診断の対象者を決める際には副業先の時間は通算されませんが、長時間にならないよう配慮することはガイドラインで求められています。
就業規則・副業規程の例文 — モデル就業規則第70条を美容室向けに具体化
モデル就業規則第70条をそのまま土台にし、美容室で問題になりやすい「顧客情報」「店名の使用」「美容所以外での施術」を項目として足すのが実務的です。次の例文は厚生労働省のモデル規定をもとに編集部が作成したもので、導入前に社会保険労務士の確認を受けてください。
規程例(副業・兼業)
- 第○条 従業員は、勤務時間外において、他の会社等の業務に従事し、または自ら事業を行うことができる。
- 2 前項の業務に従事しようとする従業員は、開始の14日前までに、所定の届出書により会社に届け出なければならない。届出内容に変更があったとき、または業務を終了したときも同様とする。
- 3 会社は、前項の届出に基づき、当該業務に従事することにより次の各号のいずれかに該当する場合には、これを禁止または制限することができる。①労務提供上の支障がある場合 ②企業秘密が漏洩する場合 ③会社の名誉や信用を損なう行為や、信頼関係を破壊する行為がある場合 ④競業により、企業の利益を害する場合
- 4 前項第2号の企業秘密には、顧客の氏名・連絡先・施術履歴、予約データ、会社が運用するSNSおよびLINE公式アカウントの登録者情報を含む。
- 5 従業員は、副業・兼業において会社の顧客を自ら勧誘してはならず、会社の名称・ロゴ・店舗写真を会社の承認なく使用してはならない。
- 6 従業員は、法令で認められた場合を除き、美容所以外の場所で美容の業を行ってはならない。
- 7 他の事業主に雇用されて副業・兼業を行う従業員は、会社の求めに応じ、当該事業主における労働日および労働時間を申告しなければならない。
第1項と第3項はモデル就業規則第70条とほぼ同じ文言で、届出の期限を決めた第2項と、第4項から第7項が美容室向けに足した部分です。常時10人以上の店は、規則を変えたら過半数代表者の意見書を添えて労働基準監督署に届け出て、スタッフに周知します(労働基準法第89条・第90条・第106条)。10人未満の店でも、規程を配布して説明した日を記録しておくと後の行き違いを防げます。
届出制の運用 — 届出書の項目と、受け付けてから見直すまでの手順
届出制は「出してもらう→4つの事由で確認する→条件を付けて認める→定期的に見直す」の4段階で回します。許可制のように店が理由なく断れる運用にすると、制限できる範囲を超えやすいためです。
| 届出書の項目 | 確認する理由 |
|---|---|
| 副業の形(雇用・業務委託・面貸し・個人事業・SNS) | 労働時間を通算するかの判断 |
| 副業先の名称・所在地・業務内容 | 競業の有無、美容所で施術するか |
| 勤務日・時間(雇用なら残業の見込みも) | 通算と連勤の確認、健康への配慮 |
| 自店の顧客を対象にしないことの確認欄 | 競業と情報漏えいの防止 |
| SNSで店名を出すか、PR案件の有無 | 信用の確保、広告表示のルール |
| 開始日と終了予定日 | 見直しの時期を決める |
-
開始の2週間前までに届出書を受け取る
紙でもフォームでも構いません。届出や相談をしたことを理由に評価や担当を下げないことを、あわせて伝えます。
-
4つの事由に当たるかを確認する
気になる点があれば面談で聞きます。競業が心配なら、副業先の商圏や顧客層を具体的に確認します。
-
条件を付けて書面で回答する
「定休日のみ」「自店の顧客を勧誘しない」「店名を出さない」など条件を明記します。雇用の副業なら、通算の方法(原則か管理モデルか)もここで決めます。
-
半年ごとと変更時に見直す
勤務時間や体調、遅刻・ミスの増減を面談で確認します。支障が出ていれば日数の上限を設けるなど、段階的に制限します。
ガイドラインは、副業を認めているか、条件付きならその条件をホームページ等で公表することが望ましいとしています。求人に「副業可(届出制)」と書けば、休日に面貸しで経験を積みたい美容師への訴求にもなります。
副業ルールを次の7項目で点検してください。
- 副業を全面禁止にせず、届出制と4つの制限事由で定めている
- 届出書に副業の形・副業先・勤務時間・顧客の扱いの欄がある
- カルテ・予約データ・LINE公式の友だちを副業に使わないことを明記している
- 美容所以外での施術を認めない(法令の例外を除く)ことを伝えている
- 他店に雇われる副業は、通算の方法と残業の上限を決めている
- 届出のない副業が見つかったら、懲戒の前に届出と確認を求める手順にしている
- 半年ごとに面談で勤務状況と体調を確認している
よくある質問
副業を全面禁止にしている就業規則は無効ですか?
直ちに無効になるとは限りませんが、裁判では4つの場合に当たらない副業まで禁止することは認められにくいと考えられています。全面禁止の店も、届出制と4つの制限事由の形に改めておくのが安全です。
副業の収入が少額でも届出は必要ですか?
必要です。届出の目的は金額ではなく、労働時間・競業・顧客情報の扱いを確認することにあります。なお、副業の所得が年20万円を超えると、本人の確定申告が必要になります。
業務委託や面貸しで働く美容師が他店でも働くことを制限できますか?
就業規則の副業ルールは、雇用していない業務委託の美容師には適用されません。制限したい事項は業務委託契約書で定めますが、店が勤務時間を指示するなど実態が雇用に近いと、労働者と判断されることがあります。
副業の疲れで施術ミスが続く場合、副業をやめさせられますか?
本業に支障が出ていれば、労務提供上の支障として制限できます。いきなり全面的に禁止するより、副業の日数や時間に上限を設け、改善しなければ段階的に制限を強める進め方が妥当です。
副業先でケガをしたら労災保険はどうなりますか?
副業先に雇用されていれば、副業先の労災保険が適用されます。2020年9月以降は全ての勤務先の賃金を合算して給付額が計算され、本業から副業先への移動中の事故は副業先の通勤災害として扱われます。
出典:労働基準法第32条・第37条・第38条・第89条・第90条・第106条、昭和23年5月14日基発第769号、令和2年9月1日基発0901第3号、厚生労働省「副業・兼業の促進に関するガイドライン」(2022年7月改定)および同パンフレット(2025年3月)、厚生労働省「モデル就業規則」(2025年12月版)第70条と解説、美容師法第7条・第10条・第11条、美容師法施行令第4条、個人情報保護法第18条・第24条(厚生労働省「副業・兼業」、e-Gov法令検索「労働基準法」)。個別の判断は社会保険労務士または弁護士に確認してください。
副業のルールは「原則認める・届出で把握する・4つの場合だけ制限する」が基本です。まず届出書の様式を作り、いま副業をしているスタッフがいないかを確認するところから始めてください。
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