美容室に退職金制度を設ける法律上の義務はありませんが、設けるなら支給の条件と計算方法を就業規則などに定める必要があります(労働基準法第89条)。小規模な美容室では、掛金を月5,000円から選べて国の助成もある中小企業退職金共済(中退共)が、個人経営の店でも使える始めやすい選択肢です。
中退共・iDeCo+・企業型DC・自社の退職一時金の比較表、中退共の掛金と国の助成、掛金ごとの退職金額の試算、退職金規程の注意点、求人での書き方を順にまとめます(2026年10月時点の情報です)。
結論:美容室の退職金制度は4つから選ぶ — 制度比較表
美容室で現実的な退職金の仕組みは、中退共、iDeCo+(中小事業主掛金納付制度)、企業型確定拠出年金(企業型DC)、自社の退職一時金の4つです。最初に確認するのは、店が厚生年金に加入しているかどうかです。
| 比べる点 | 中退共 | iDeCo+ | 企業型DC | 自社の退職一時金 |
|---|---|---|---|---|
| 使える店 | サービス業は常用従業員100人以下または資本金5,000万円以下。個人経営も可 | 企業年金のない、厚生年金の被保険者300人以下の店 | 厚生年金の適用事業所(法人など) | どの店でも |
| 掛金の負担 | 全額店の負担 | 本人のiDeCo掛金に店が上乗せ | 店の負担(規約で定める) | 積立は任意。支払時に店が負担 |
| 掛金の範囲 | 月5,000〜30,000円の16種類。短時間労働者は月2,000円から | 本人と店の合計で月5,000〜23,000円(2026年10月時点) | 上限月5.5万円(確定給付型と併用しない場合、2026年10月時点) | 規程で決める |
| 国の助成 | 新規加入助成・月額変更助成あり | なし | なし | なし |
| 店の税務 | 掛金は全額損金・必要経費 | 店の掛金は全額損金 | 掛金は損金 | 払ったときに損金・必要経費 |
| スタッフの受け取り | 退職時に機構から本人へ直接 | 原則60歳以降 | 原則60歳以降 | 退職時に店から |
| 向く店 | 個人経営を含む多くの店 | 厚生年金に加入し、本人の老後資金づくりを後押ししたい店 | 人数が多く、制度の運営費を負担できる法人 | 資金に余裕があり、支給額を店で決めたい店 |
20代で転職や独立をする美容師が多いことを考えると、退職時に現金で受け取れる中退共と、60歳まで引き出せない確定拠出年金とでは、スタッフにとっての意味が違います。オーナー自身の退職金は対象外で、別に小規模企業共済を使います。
退職金制度は義務か — 設けるなら規程に書くこと
退職金制度は法律で義務づけられていません。ただし設けた退職金は賃金と同じく支払い義務のある労働条件になるため、次の4点を押さえてから始めます。
- 規程に書く:適用される人の範囲、支給の条件、計算と支払いの方法、支払いの時期を定めます。常時10人以上の店は就業規則に記載します(労働基準法第89条第3号の2)。
- 雇入れ時に伝える:退職金の定めがある店は、労働条件として明示する必要があります(労働基準法施行規則第5条第1項第4号の2)。
- 支払いの準備をする:自社で払う退職金は、保全措置を講ずるよう努める義務があります。中退共などに加入していれば不要です(賃金の支払の確保等に関する法律第5条)。
- 後から減らすのは難しい:退職金を減らす・なくす変更は労働条件の不利益変更で、合理性が求められます(労働契約法第9条・第10条)。小さく始めて段階的に増やす方が安全です。
退職手当の請求権の時効は5年です(労働基準法第115条)。就業規則に入れる条項の全体像は美容室に就業規則は必要かで確認できます。
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中退共の仕組み — 掛金・国の助成・退職金の受け取り方
中小企業退職金共済(中退共)とは、勤労者退職金共済機構が運営する国の退職金制度で、店が毎月掛金を納め、スタッフが退職すると機構から本人に退職金が直接支払われます。掛金は全額店の負担で、スタッフに一部でも負担させることはできません。
| 項目 | 内容(2026年10月時点) |
|---|---|
| 掛金月額 | 5,000円〜30,000円の16種類から従業員ごとに選ぶ。週の所定労働時間が通常の従業員より短く30時間未満の短時間労働者は2,000円・3,000円・4,000円も選べる |
| 新規加入助成 | 加入後4か月目から1年間、掛金月額の2分の1(1人あたり上限5,000円)を国が助成。短時間労働者の特例掛金には300〜500円の上乗せあり |
| 月額変更助成 | 18,000円以下の掛金を増額すると、増額分の3分の1を1年間助成(20,000円以上からの増額は対象外) |
| 加入させる人 | 従業員は原則全員。有期雇用、試用期間中、短時間労働者、休職中、定年などで近く退職する人は除外できる |
| 加入できない人 | 個人事業主や法人の役員、小規模企業共済の加入者など |
| 退職金の額 | 掛金の納付が11か月以下は原則支給なし、12〜23か月は掛金総額を下回る、24〜42か月は掛金相当額、43か月以降は運用利息と付加退職金が加わる |
| 懲戒解雇などの場合 | 本人の責任による退職で店が申し出て、厚生労働大臣が認めた場合に限り減額できる |
新規加入助成は、同居の親族のみを雇用する店などは対象外です。転職先の店も中退共に加入していれば、一定の条件で加入期間を通算できるため、美容師が店を移っても積み上げが無駄になりにくい点も特徴です。
企業型DC・iDeCo+を使える店と使えない店 — 厚生年金の加入が分かれ目
企業型DCとiDeCo+は、厚生年金の被保険者であるスタッフのための制度です。個人経営の美容室は、理美容業のため従業員の人数にかかわらず厚生年金の加入義務がなく、任意で加入していなければこの2つは使えません。自店の加入状況は社会保険の加入義務で確認してください。
iDeCo+は、スタッフが自分で加入しているiDeCoに店が掛金を上乗せする仕組みです。本人と店の掛金の合計は月5,000円以上23,000円以下で、それぞれ1,000円単位で決め、本人の掛金を0円にはできません。店の掛金は原則として対象者全員同額ですが、勤続期間や職種などの合理的な区分で差を付けることもでき、実施には厚生年金被保険者の過半数を代表する人の同意が必要です。
企業型DCは、店が規約を作って厚生労働大臣の承認を受け、運営管理機関に手数料を払って運営する制度です。2026年4月からは手続きを簡素化した簡易型DCが通常の企業型DCに統合され、マッチング拠出の制限も撤廃されました。2026年12月からはiDeCoの拠出限度額の引き上げも予定されているため、導入時は最新の限度額を確認してください。
確定拠出年金は原則として60歳まで引き出せません。20代で独立する美容師にとっては「辞めるときにもらえる退職金」にはならないため、求人や面接では受け取りの時期を正確に説明します。給与の一部を掛金に振り替える「選択制」は、社会保険料が下がる代わりに将来の厚生年金なども減りうるため、導入するなら丁寧な説明が欠かせません。
掛金はいくらにするか — 中退共で月5,000円から始める試算
小規模な美容室では、正社員を対象に月5,000〜10,000円から始め、勤続年数や役職に応じて増やす設計が無理のない始め方です。次の表は、中退共の基本退職金額表をもとに、掛金ごとの退職金の額を計算したものです。
| 加入期間 | 月5,000円:払った掛金 | 月5,000円:基本退職金 | 月10,000円:払った掛金 | 月10,000円:基本退職金 |
|---|---|---|---|---|
| 1年(12か月) | 60,000円 | 18,000円 | 120,000円 | 36,000円 |
| 3年(36か月) | 180,000円 | 180,000円 | 360,000円 | 360,000円 |
| 5年(60か月) | 300,000円 | 304,100円 | 600,000円 | 608,200円 |
| 10年(120か月) | 600,000円 | 632,800円 | 1,200,000円 | 1,265,600円 |
基本退職金は、掛金月額1,000円あたりの金額表(2002年11月以降の掛金に適用)から計算しました。運用状況で決まる付加退職金は含んでいません。加入1年で辞めると掛金を大きく下回るため、中退共は3年以上の勤続で意味が出る制度だと説明しておくと誤解が起きません。
試算 — スタッフ3人を月5,000円で中退共に加入させた場合の負担(仮の設定)
正社員3人を月5,000円で加入させると、掛金は月15,000円、年180,000円です。新規加入助成は加入後4か月目から1年間、1人2,500円ずつ月7,500円で、1年目に受けられるのは9か月分の67,500円、2年目に残り3か月分の22,500円です。1年目の実質負担は約112,500円で、掛金は全額経費になります。数字は仮の設定です。
自社の退職一時金と比べると違いがはっきりします。厚生労働省のモデル就業規則の例(基本給×勤続年数に応じた支給率、5年以上10年以下は3.0)を使うと、基本給20万円のスタッフが6年で辞めれば60万円を一度に払うことになり、その資金は前もって経費にできません。
退職金規程を作るときの注意 — 対象者・加入時期・減額の条件
中退共を使う場合も、誰を、いつから、いくらの掛金で加入させるかを規程に書きます。中退共の退職金は機構が本人に直接払うため、「勤続3年未満は支給しない」といった店独自の不支給条件は付けられない点に注意します。
規程例(中退共を使う退職金)
- 第○条 会社は、従業員の退職金の支給を確実にするため、独立行政法人勤労者退職金共済機構との間に退職金共済契約を締結する。
- 2 新たに雇い入れた正社員は、試用期間を経過した月から前項の契約に加入させる。
- 3 掛金月額は、別表に定める職位および勤続年数の区分に応じて定める。
- 4 退職金は、機構から従業員に直接支給する。
- 5 従業員が懲戒解雇された場合など本人の責めに帰すべき事由により退職したときは、会社は機構に退職金の減額を申し出ることがある。
- 6 週の所定労働時間が30時間未満のパートタイマーは、個別の雇用契約で定める場合を除き、加入の対象としない。
文例は中退共の加入ルールに合わせて編集部が作成したもので、導入前に社会保険労務士の確認を受けてください。懲戒解雇と退職金の関係はスタッフに辞めてもらうときの手順でも触れています。
求人での見せ方 — 「退職金あり」だけで終わらせない書き方
求人では制度の名前・加入の時期・受け取りの条件まで書くと、応募者が安心材料として受け取れます。「退職金あり」だけでは条件が分からず、実態と違えば職業安定法第5条の4の的確表示の問題にもなります。
| 制度 | あいまいな書き方 | 伝わる書き方の例 |
|---|---|---|
| 中退共 | 退職金あり | 退職金制度あり(中小企業退職金共済に加入。試用期間後から加入、掛金は全額店負担、正社員が対象) |
| iDeCo+ | 企業年金あり | iDeCo+導入(iDeCoに加入した正社員に、店が毎月○円を上乗せ。受け取りは原則60歳以降) |
| 自社制度 | 退職金制度あり | 退職金制度あり(勤続3年以上。基本給×勤続年数に応じた支給率) |
| パート | (記載なし) | パートは退職金制度の対象外(正社員登用後に加入) |
ハローワークの求人票にも退職金に関する欄があり、中退共への加入はそこで示せます。求人票全体の書き方は応募が来る美容師求人票の書き方、退職金を含めた定着の仕組みはスタッフが辞めない仕組みの作り方で解説しています。
退職金制度を始める前に、次の7項目を確認してください。
- 店が厚生年金に加入しているかを確認し、使える制度を絞り込んだ
- 対象者(正社員・パート)と加入の時期を決めた
- 掛金月額と、勤続年数や役職で増やす基準を決めた
- 中退共の新規加入助成を受けられるかを確認した
- 退職金規程を作り、10人以上の店は就業規則として届け出た
- 雇入れ時の労働条件通知書に退職金の内容を書いた
- 求人に制度名・加入時期・受け取りの条件を書いた
よくある質問
パートやアルバイトも中退共に加入させる必要がありますか?
必須ではありません。週の所定労働時間が通常の従業員より短く、30時間未満の短時間労働者は加入の対象から外せます。加入させる場合は、月2,000円からの特例掛金を選べます。
オーナー自身や法人の役員は中退共に入れますか?
入れません。中退共は従業員のための制度で、個人事業主や法人の役員は加入できません。オーナーの退職金づくりには、中小企業基盤整備機構の小規模企業共済を使います。
中退共の退職金は、店が受け取ってスタッフに渡すのですか?
いいえ。退職したスタッフが自分で請求し、勤労者退職金共済機構から本人に直接支払われます。店は退職の届出などの手続きを行います。
入社1年未満で辞めたスタッフの掛金はどうなりますか?
掛金の納付が11か月以下の場合、退職金は原則として支給されません。12か月以上23か月以下でも掛金の総額を下回るため、短期間で辞める人が多い時期は、試用期間後から加入させる設計が現実的です。
一度始めた退職金制度は、後から減らしたりやめたりできますか?
簡単ではありません。退職金を減らす変更は労働条件の不利益変更で、合理性が必要です。中退共の掛金の減額も、従業員の同意か、継続が著しく困難だと厚生労働大臣が認めた場合に限られます。
出典:労働基準法第89条・第115条、労働基準法施行規則第5条、労働契約法第9条・第10条、賃金の支払の確保等に関する法律第5条、中小企業退職金共済法第4条・第10条、勤労者退職金共済機構 中退共「制度の特色」「加入の条件」「掛金」「退職金」「基本退職金額表(別表1・2)」、厚生労働省「iDeCo+(イデコプラス)のご案内」「2025年の確定拠出年金制度改正」、iDeCo公式サイト「iDeCo+導入時の留意事項」、厚生労働省「モデル就業規則」(2025年12月版)第54条〜第56条(中退共「制度の特色」、厚生労働省「iDeCo+のご案内」、厚生労働省「2025年の制度改正」)。個別の判断は社会保険労務士、税理士または中退共の相談窓口に確認してください。
退職金制度は「使える制度を絞る→小さく始める→求人で正確に伝える」の順で進めます。まず店が厚生年金に加入しているかを確認し、中退共の掛金を正社員1人あたり月5,000円で試算するところから始めてください。
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