元スタッフから未払い残業代の請求が届いたら、回答期限と請求の対象期間を確かめ、タイムカード・賃金台帳と突き合わせて店の計算を出し、根拠を示して書面で回答します。賃金の請求権の時効は当分の間3年で(労働基準法第115条・附則第143条)、裁判になると未払い額と同額までの付加金や、退職後の期間に年14.6%の遅延利息が加わることがあるため、放置せず早く事実を確かめることが店の負担をいちばん小さくします。
届いた書面の種類ごとの期限と初動、請求額と店の計算の差を出す試算、付加金と遅延損害金、そのまま使える回答書の文例、あっせん・労働審判・訴訟の違い、和解で決めること、対応でつまずく点を、店側の立場で整理します(2026年10月時点の情報です)。労働時間の線引きや残業代の計算方法そのものは既存の記事に任せます。
結論:未払い残業代を請求されたときの早見表
対応の軸は、期限を守る、記録で確かめる、払うべき分は早く払うの3つです。時効や上乗せの金額など、判断に使うルールを先に一覧にします。
| 項目 | 目安・ルール | 根拠・理由 |
|---|---|---|
| 最初にやること | 回答期限・対象期間・請求額を確かめ、勤怠と給与の記録を保全する | 記録が店の主張の根拠になる |
| 時効 | 各支払日から3年(当分の間)。店が主張(援用)しなければ効果がない | 労働基準法第115条、附則第143条第3項 |
| 時効の完成猶予 | 内容証明などで請求(催告)されると、その時から6か月は時効が完成しない | 民法第150条 |
| 付加金 | 訴訟で、未払いの割増賃金などと同額まで支払いを命じられることがある | 労働基準法第114条 |
| 遅延損害金 | 在職中の期間は年3%、退職後の期間は年14.6% | 民法第404条、賃金の支払の確保等に関する法律第6条 |
| 解決の場 | 当事者の交渉、労働局のあっせん、労働審判、訴訟 | 個別労働関係紛争解決促進法、労働審判法 |
| 相談先 | 弁護士、社会保険労務士、都道府県労働局の総合労働相談コーナー | 代理交渉や裁判の手続きは弁護士に頼む |
| やってはいけないこと | 無視する、記録を捨てる・書き換える、元スタッフを非難する | 不利な判断や上乗せにつながる |
請求の多くは、営業前後の練習や片付けの時間、休憩が取れなかった時間を労働時間に入れていないことから起きます。どの時間が労働時間になるかは美容室の練習時間は労働時間かで確認してください。
届いたものは何か — 書面の種類ごとの期限と最初の対応
最初の対応と残された時間は、届いた書面の種類で変わります。どの場合も、届いた日を記録し、対象期間のタイムカード・勤怠アプリのデータ・賃金台帳・給与明細・シフト表・予約台帳・業務連絡のLINEを、削除や書き換えができない形で保存してから動きます。
| 届いたもの | 最初の対応 | 期限・注意 |
|---|---|---|
| 本人からのLINE・メール・手紙 | 受け取ったことと、記録を確認して回答する予定日を書面で返す | 口頭だけのやり取りにしない |
| 本人名義の内容証明郵便 | 書かれた回答期限までに一次回答し、記録の確認に入る | 催告から6か月は時効が完成しない |
| 弁護士からの受任通知・請求書 | 以後の連絡はすべて弁護士あてにする。店も弁護士に相談する | 本人に直接連絡しない |
| 労働局のあっせんの開始通知 | 参加するかを決めて回答し、参加するなら店の計算を用意する | 無料で参加は任意。合意できなければ打ち切り |
| 裁判所からの労働審判の申立書 | 届いた日に弁護士に依頼し、答弁書と証拠の準備に入る | 第1回期日は原則として申立てから40日以内。答弁書の提出期限は裁判所が定める |
| 裁判所からの訴状 | 同上。答弁書の期限と第1回の期日を確かめる | 欠席すると相手の主張に沿って判断されるおそれがある |
| 労働基準監督署からの調査の連絡 | 記録をそのまま出し、事実をそのまま答える | 未払いが確認されれば是正勧告で支払いを求められる |
交渉の代理や裁判の見通しは弁護士、残業代の再計算は社会保険労務士に相談し、都道府県労働局の総合労働相談コーナーでも無料で相談できます。請求されたことを理由に、在籍スタッフに元スタッフの悪口を言ったり事情を聞き回ったりするのは避け、事実確認は記録と、同じ時期に働いていたスタッフへの落ち着いた聞き取りにとどめます。
請求額は正しいか — 店の記録で再計算すると差はどこで出るか
請求額を確かめるときは、対象期間(時効)、労働時間、1時間あたりの単価、すでに支払った額の4つを、店の記録と一つずつ突き合わせます。次の前提では、請求額2,708,640円に対し、店が記録から認めるべき額は570,240円です。請求側の誤りと、店が払うべき部分を分けることが目的です。
試算の前提(仮定):元スタイリストが2026年3月31日に退職。2026年11月10日に、2023年4月分〜2026年3月分(36か月)の請求が内容証明で届いた。給与は月末締め・翌月25日払いで、基本給200,000円、技術手当20,000円、歩合給は月平均80,000円、通勤手当10,000円(距離に応じた支給)。月平均所定労働時間170時間。タイムカード上の時間外は月平均18時間で、その固定給部分の割増(1時間1,618円)は毎月払っていた。店の指示による閉店後の練習が月10時間あり、勤怠に入っていなかった。請求側は、退勤を家族に知らせたLINEの送信時刻から時間外を月33時間と主張している。
| 差が出る点 | 請求側の計算 | 店の記録による計算 |
|---|---|---|
| 対象期間 | 36か月 | 支払日から3年を過ぎた2023年4月分〜9月分(支払日が2023年10月25日以前)は時効を援用し、30か月 |
| 時間外の時間 | LINEの送信時刻から月33時間 | タイムカード18時間+店の指示の練習10時間=月28時間。残り5時間は片付け後の私的な時間と主張 |
| 単価 | 通勤手当と歩合を含む310,000円÷170時間×1.25=2,280円 | 固定給220,000円÷170時間×1.25=1,618円、歩合給80,000円÷総労働時間198時間×0.25=101円 |
| 1か月の額 | 2,280円×33時間=75,240円 | 1,618円×28時間+101円×28時間=48,132円 |
| 支払済みの額 | 考慮なし | 1,618円×18時間=29,124円を差し引き、不足は月19,008円 |
| 合計 | 75,240円×36か月=2,708,640円 | 19,008円×30か月=570,240円 |
このほか、固定残業代を払っていた店は、通常の賃金と区別され、時間数と金額が明示されていたかを確かめます。区別が不十分だと無効とされ、単価の計算の基礎にも入って請求額が大きくなります(美容室の固定残業代の正しい設定)。「店長だから残業代は不要」という扱いも、経営者と一体的な立場や十分な待遇がなければ認められないことが多くあります。タイムカードがない場合も、店には労働時間を把握する義務があるため、記録がないことは店に不利に働きます。
付加金と遅延損害金 — 長引くほど支払額が増える
訴訟で未払いが認められると、裁判所は未払いの割増賃金などと同額までの付加金の支払いを命じることがあり、退職後の期間には年14.6%の遅延利息がかかります。交渉や労働審判で早く解決すれば、こうした上乗せを抑えられることが多くあります。
| 上乗せされるもの | 内容 | 注意点 |
|---|---|---|
| 付加金 | 未払いの割増賃金・休業手当・有給休暇の賃金・解雇予告手当と同額まで(労働基準法第114条) | 訴訟の判決で命じられるもので、労働審判では命じられない。請求できる期間は当分の間3年 |
| 遅延損害金(在職中の期間) | 法定利率の年3% | 2026年4月から2029年3月までの法定利率も年3% |
| 遅延利息(退職後の期間) | 年14.6%(賃金の支払の確保等に関する法律第6条) | 退職日の翌日から。賃金の存否を合理的な理由で裁判所などで争っている期間は適用されない(同法施行規則第6条) |
上の試算の570,240円を2026年12月31日に払う場合、退職日の翌日から275日分の遅延利息は570,240円×14.6%×275÷365=約62,726円です(在職中の年3%と、最後の月の支払日のずれは省いた概算)。払うべき部分が確認できたら、争う部分と切り分けて先に支払うと、この上乗せが止まります。訴訟で判決まで進めば、これに加えて最大で570,240円の付加金を命じられる可能性があります。
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回答書の書き方 — 認める部分と争う部分を分け、根拠を示す
回答書は、店が確認した記録と計算の方法を示し、支払う用意がある金額と、請求と異なる部分の理由を分けて書きます。感情的な表現や、退職の経緯への不満は書きません。請求側が求める資料の開示(タイムカードの写しなど)は、記録を持っているのが店である以上、応じるのが基本です。
そのまま使える回答書の文例(試算の店の場合)
- 一次回答(期限までに計算が終わらないとき):「2026年11月10日付の通知書を11月11日に受け取りました。現在、対象期間の勤怠と給与の記録を確認しており、12月10日までに書面で回答します。」
- 1 調査の範囲:2023年4月分から2026年3月分までのタイムカード、賃金台帳、シフト表、予約台帳を確認しました。
- 2 時効:2023年4月分から9月分までの賃金(支払日が2023年10月25日以前のもの)については、消滅時効を援用します。
- 3 当店の計算:2023年10月分から2026年3月分までの30か月について、タイムカード上の時間外に店の指示による閉店後の練習を加えた月28時間を時間外労働と認め、固定給部分と歩合給部分を分けて計算し、支払済みの額を差し引いた不足額は合計570,240円です(計算表を添付します)。
- 4 請求と異なる点:①通勤手当は距離に応じた支給のため割増の基礎から除きます。②歩合給は総労働時間で割って0.25倍で計算します。③タイムカードの退勤時刻より後の時間は片付けの終了後で、業務の指示はありません。これと異なる事実を示す資料があればご提示ください。
- 5 支払いの提案:上記の金額に遅延損害金を加えた額を、合意書の締結後2週間以内に振込でお支払いする用意があります。
- 6 連絡先:本件の窓口は当店代理人の弁護士〇〇(電話番号)とします。
交渉で解決しないとき — あっせん・労働審判・訴訟の違い
話し合いで決着しない場合、元スタッフは労働局のあっせん、地方裁判所の労働審判、訴訟のいずれかを選ぶことが多く、店はそれぞれの期日に対応することになります。手続きによって期間と結果の決まり方が違います。
| 手続き | 場所・費用 | 進み方・特徴 |
|---|---|---|
| 労働局のあっせん | 都道府県労働局の紛争調整委員会。無料 | あっせん委員が間に入って話し合う。参加は任意で、合意できなければ打ち切り |
| 労働審判 | 地方裁判所。申立ての手数料がかかる | 第1回期日は原則として申立てから40日以内。原則3回以内の期日で審理し、調停が成立しなければ審判が出る。2週間以内に異議が出れば訴訟に移る |
| 民事訴訟 | 請求額140万円以下は簡易裁判所、超えると地方裁判所 | 長引きやすい。判決で付加金が命じられることがある |
| 少額訴訟 | 簡易裁判所。60万円以下の請求 | 原則1回の期日で審理して判決 |
労働審判では、第1回の期日までに答弁書と証拠を出し、その期日で事実関係の大部分が確かめられます。準備できる期間は1か月前後しかないため、申立書が届いた時点で弁護士に依頼するのが現実的です。
和解で決めること — 金額だけでなく条項と名目を決める
和解では、支払う金額に加えて、清算条項、支払いの期限と方法、支払いの名目を合意書に書きます。名目によって源泉徴収や社会保険料の扱いが変わるため、署名の前に税理士・社会保険労務士にも確認します。
- 金額の考え方:店の計算額と遅延損害金を基準に、記録で証明できる範囲、解決までの時間と費用、付加金の見込みを比べて決めます。
- 清算条項:「この合意書に定めるほか、互いに何らの債権債務がないことを確認する」と入れ、同じ件で再び請求されないようにします。
- 支払いの名目:未払い賃金として払うか、解決金として払うかで、源泉徴収や社会保険料の扱いが変わります。
- 支払いの期限と方法:振込先、期日、分割する場合の回数を書きます。
- 口外しない約束:合意の内容を第三者に話さない約束を入れることがあります。ただし、行政機関への相談まで妨げることはできません。
対応でつまずく点 — 時効の主張・開示・在籍スタッフへの波及
請求への対応で店が損をするのは、計算よりも手順の誤りです。次の5つは、回答書を出す前に確かめます。
- 時効を主張しないまま払う:時効は援用しなければ効果がなく、3年を過ぎた分も含めて合意すると取り戻せません。防ぎ方:回答書に、時効を援用する月と支払日を明記します。
- 代理人がいるのに本人に連絡する:交渉がこじれる原因になります。防ぎ方:受任通知が届いた時点で、店の全員に「本人への連絡は控える」と伝えます。
- 資料の開示を拒む、一部だけ出す:その後の手続きで店の主張が信用されにくくなります。防ぎ方:対象期間の記録を一式で出し、店に不利な部分も含めて計算表で説明します。
- 認める部分の支払いを交渉の決着まで止める:退職後の期間は年14.6%の遅延利息が続きます。防ぎ方:記録で確定できる額は先に払い、争う部分だけを残します。
- 在籍スタッフの点検を後回しにする:同じ働き方の在籍スタッフにも未払いがある可能性が高く、次の請求につながります。防ぎ方:全員の過去の勤怠と給与を点検し、不足があれば自主的に精算し、始業・終業を1分単位で記録する仕組みに改めます(美容室の勤怠管理)。
請求への回答を出す前に、次の8項目を確認してください。
- 届いた書面の種類、回答期限、対象期間、請求額、差出人を整理した
- 対象期間のタイムカード・賃金台帳・シフト表・予約台帳を保全した
- 代理人の弁護士がいる場合は、本人に直接連絡していない
- 営業前後の準備・練習・片付けの時間を記録と照らし合わせた
- 時間単価の計算で、除ける手当と歩合給の計算方法を確かめた
- 固定残業代が通常の賃金と区別して明示されているかを確かめた
- 時効を援用する月と、認めて支払う金額・遅延損害金を分けて計算した
- 弁護士か社会保険労務士に、計算と回答書の内容を見てもらった
よくある質問
未払い残業代の請求を無視するとどうなりますか?
労働審判や訴訟を起こされる可能性が高くなります。訴訟では付加金が命じられることがあり、退職後の期間には年14.6%の遅延利息もかかるため、無視するほど支払額が増えるおそれがあります。
タイムカードがない場合も、請求どおり払う必要がありますか?
請求どおりとは限りませんが、店には労働時間を把握する義務があるため、記録がないことは店に不利に働きます。予約台帳、レジの締め時刻、鍵の開け閉めの記録など、ほかの記録で実際の労働時間を示せるかを確かめます。
3年より前の分も支払う必要がありますか?
各支払日から3年を過ぎた分は、店が時効を主張すれば支払う必要はなくなります。時効は主張しなければ効果がないため、回答書で時効を援用する期間を明示します。
元スタッフと直接話し合って解決してもよいですか?
本人が代理人を立てていなければ直接話し合うことはできますが、内容は必ず書面に残します。代理人の弁護士がいる場合は、弁護士を通して連絡します。
和解金を払うとき、源泉徴収は必要ですか?
未払い賃金として払うか、解決金として払うかなど、支払いの名目と中身によって扱いが変わります。合意書に署名する前に、税理士と社会保険労務士に確認してください。
労働審判の申立書が届きました。どれくらい時間がありますか?
第1回の期日は、原則として申立てから40日以内に指定され、答弁書はその前の裁判所が定める期限までに出す必要があります。準備の期間は短いため、届いた日のうちに弁護士に相談してください。
出典:労働基準法第114条・第115条・附則第143条(e-Gov法令検索「労働基準法」)、民法第150条・第404条(e-Gov法令検索「民法」)、賃金の支払の確保等に関する法律第6条(e-Gov法令検索)、厚生労働省の賃金請求権の消滅時効期間の延長に関するリーフレット(PDF)、法務省「令和8年4月1日以降の法定利率について」、裁判所「労働審判規則」(第13条・第14条)、労働審判法第15条、個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律。個別の事案は弁護士に相談してください。
請求が届いたら、まず対象期間のタイムカードと賃金台帳を1か所に集め、上の試算と同じ表で請求側と店の計算の差を4つの点ごとに書き出すことから始めてください。退職時に最終の給与と勤怠を確定させる手順はスタッフ退職時の手続き一覧で、日ごろから整えておく労務の項目は美容室の労務管理の基本で確認できます。
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