美容室の固定残業代(みなし残業代)は、基本給と残業代部分を分け、何時間分でいくらかを示し、超えた分を追加で払えば有効に設定できます。求人票には「固定残業代を除いた基本給」「時間数と金額の計算方法」「超過分を追加で払う旨」の3点を書きます。
固定残業代が有効になる条件と最高裁の判断、厚生労働省の記載例に沿った求人票の書き方、何時間分にするか、最低賃金との関係の試算、練習時間を含む超過分の精算、無効とされた場合の未払いリスクを順に整理します(2026年10月時点の情報です)。
結論:固定残業代を有効にする5つの条件
固定残業代は違法な仕組みではありませんが、「区別できる」「残業の対価である」「超えた分を払う」のどれかが欠けると、裁判で残業代の支払いと認められません。認められなければ、固定残業代として払った額も通常の賃金として扱われ、残業代を全額払い直すことになります。
| 条件 | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| ① 明確に区別できる | 給与のうち、通常の賃金と残業代にあたる部分を判別できる(金額と時間数を示す) | 最高裁平成6年6月13日判決(高知県観光事件)、平成24年3月8日判決(テックジャパン事件) |
| ② 残業の対価として払う | 契約書・就業規則・説明で残業代として払うことが明確で、実際の残業時間と大きくかけ離れていない | 最高裁平成30年7月19日判決(日本ケミカル事件) |
| ③ 超えた分を払う | 固定残業時間を超えた時間外・休日・深夜労働の割増賃金を毎月追加で払う | 労働基準法第37条 |
| ④ 最低賃金を満たす | 固定残業代を除いた基本給部分で、最低賃金以上になっている | 最低賃金法第4条 |
| ⑤ 募集時に明示する | 求人票・募集要項に、固定残業代を除いた基本給、時間数と金額、超過分の追加支払いを書く | 若者雇用促進法に基づく指針、職業安定法第5条の3 |
固定残業代を設けても、残業をさせるには36協定(時間外・休日労働に関する協定)を結んで労働基準監督署に届け出ることが必要です。固定残業代は「残業を認める仕組み」ではなく、残業代の払い方の一つにすぎません。
固定残業代(みなし残業)とは — 一定時間分の残業代を定額で先に払う仕組み
固定残業代とは、名称にかかわらず、一定時間分の時間外労働・休日労働・深夜労働に対して定額で支払う割増賃金のことです(厚生労働省の定義)。「みなし残業」とも呼ばれますが、何時間働かせても定額でよいという仕組みではありません。
労働基準法第38条の2の「事業場外みなし労働時間制」とは別の制度です。事業場外みなしは、外回りの営業のように労働時間を把握しにくい仕事のための制度で、店内で働く美容師には通常あてはまりません。
たとえば「月給28万円(うち固定残業手当4万円=時間外労働20時間分)」なら、基本給24万円が通常の賃金で、4万円が20時間分の残業代の先払いです。残業が20時間に満たない月も4万円は全額払い、20時間を超えた月は超えた時間分を追加で払います。
求人票・労働条件通知書の書き方 — 厚生労働省の記載例に沿った3点
固定残業代を採用する場合、求人票や募集要項には①固定残業代を除いた基本給の額、②固定残業代の時間数と金額などの計算方法、③固定残業時間を超える時間外・休日・深夜労働の割増賃金を追加で払う旨の3点をすべて書きます。若者雇用促進法(青少年の雇用の促進等に関する法律)に基づく指針(第二の一(一)ハ(ハ))が定める内容で、厚生労働省がリーフレットで記載例を示しています。
求人票の記載例(金額は記入例です)
- 月給:280,000円
- 基本給:240,000円(固定残業手当を除く額)
- 固定残業手当:40,000円(時間外労働の有無にかかわらず、20時間分の時間外手当として支給)
- 20時間を超える時間外労働分の割増賃金は追加で支給。休日労働・深夜労働の割増賃金は別途支給
手当の名前は「固定残業手当」でなくても構いませんが、その手当に残業代以外の分が含まれる場合は、残業代の部分を分けて書きます。よく見かける書き方を判定すると次のとおりです。
| 求人票の書き方 | 判定 | 足りないもの |
|---|---|---|
| 月給28万円(みなし残業代含む) | NG | 基本給の額、時間数、金額、超過分の扱いがない |
| 月給28万円(固定残業代20時間分含む) | NG | 固定残業代の金額と、それを除いた基本給の額が分からない |
| 技術手当4万円(残業代を含む) | NG | 手当のうち残業代にあたる部分を区別できない |
| 月給28万円(残業代は歩合給に含む) | NG | 歩合給と残業代を判別できない |
| 基本給24万円+固定残業手当4万円(20時間分)、超過分は追加支給 | OK | 3点がそろっている(休日・深夜の扱いも書くとよい) |
職業安定法は、求人で虚偽の表示や誤解を生じさせる表示をすることを禁じており(第5条の4)、虚偽の条件を示して募集すると6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金の対象です(第65条第9号)。採用後に渡す労働条件通知書にも同じ3点を書き、求人票と食い違わないようにします。求人票全体の項目は美容師求人票の書き方で整理しています。
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固定残業代は何時間分にするか — 実際の残業時間に合わせ、月45時間を超えない
固定残業時間は、実際の残業時間の平均に近い時間で設定します。36協定で定める時間外労働の上限は原則月45時間・年360時間(労働基準法第36条第4項)なので、これを超える時間数を固定残業代に設定すると、上限を超える残業を前提にした契約と見られ、有効性を争われやすくなります。
日本ケミカル事件の最高裁判決は、手当が残業の対価かどうかを、契約書の記載や説明の内容に加えて実際の勤務状況も考慮して判断しました。固定残業時間と実際の残業時間が大きく離れていると、対価として払っているという説明が弱くなります。直近6か月の勤怠記録から平均の残業時間を出し、その時間数を基準に決めてください。
| 労働の種類 | 割増率 |
|---|---|
| 時間外労働(1日8時間・週40時間を超えた部分) | 25%以上 |
| 時間外労働のうち月60時間を超えた部分 | 50%以上(中小企業も2023年4月から適用) |
| 深夜労働(22時〜翌5時) | 25%以上(時間外労働と重なれば50%以上) |
| 法定休日の労働 | 35%以上 |
常時10人未満の美容室は、週の法定労働時間が44時間の特例措置対象事業場です(労働基準法第40条、同法施行規則第25条の2)。週40時間を超えても44時間までは時間外労働にならないため、固定残業時間の見積もりもこの基準で行います。繁閑に合わせて労働時間を組む方法は変形労働時間制で解説しています。
最低賃金との関係 — 固定残業代を除いた基本給で判定する
最低賃金を満たしているかは、固定残業代を除いた基本給(と毎月決まって払う手当)で判定します。時間外・休日・深夜の割増賃金は、最低賃金の計算に入らないためです(最低賃金法第4条第3項、同法施行規則第1条)。
試算 — 月給25万円・固定残業20時間込みは東京都で最低賃金を満たすか(仮の設定)
1日8時間・年間休日105日(月平均所定労働時間約173.3時間)で、「月給25万円(20時間分の固定残業代を含む)」とします。固定残業代を基本給から正しく計算すると、基本給は約218,487円、時給換算は約1,261円で、東京都の最低賃金1,280円を下回ります。この求人は、東京都では2026年10月以降そのままでは出せません。
| 都道府県(最低賃金) | 固定残業なし | 10時間分込み | 20時間分込み | 30時間分込み |
|---|---|---|---|---|
| 東京都(1,280円) | 221,867円 | 237,867円 | 253,867円 | 269,867円 |
| 大阪府(1,231円) | 213,374円 | 228,761円 | 244,149円 | 259,536円 |
| 愛知県(1,195円) | 207,134円 | 222,071円 | 237,009円 | 251,946円 |
| 福岡県(1,114円) | 193,094円 | 207,019円 | 220,944円 | 234,869円 |
表は、基本給が最低賃金ちょうどで、固定残業代をその基本給から計算した場合に必要な月給の下限です(月平均所定労働時間約173.3時間の仮の設定)。求人の月給がこの額を下回るなら、固定残業時間を減らすか月給を上げる必要があります。2026年度の改定で最低賃金が上がったため、昨年の求人票を使い回している店は特に確認してください。改定への対応全体は最低賃金引き上げへの対応、歩合給がある場合の計算は歩合給と最低賃金を参照してください。
固定残業時間を超えた分はどう払うか — 練習時間も含めて毎月精算する
毎月、勤怠記録から実際の時間外労働の時間を集計し、固定残業時間を超えた分をその月の給与に追加して払います。上の記載例(基本給24万円・20時間分4万円)で、ある月の時間外労働が30時間なら、超えた10時間分として約1,385円×1.25×10時間=約17,300円を追加します。
営業前後の練習は、店の指示によるものや参加が事実上強制されているものなら労働時間で、時間外労働の集計に入ります。固定残業代を払っているからといって、練習時間を勤怠から外すことはできません。線引きは練習時間は労働時間かで詳しく解説しています。
-
毎日の始業・終業・休憩を記録する
営業前の準備、閉店後の片付けやカルテ整理、店の指示による練習も含めて、実際の時刻で記録します。
-
時間外・深夜・休日を分けて集計する
割増率が違うため、月の合計を3つに分けます。月60時間を超えた時間外労働も別に数えます。
-
固定残業時間と比べて超過分を計算する
固定残業代に含めたのが時間外労働だけなら、深夜と休日の割増賃金は全額を別に払います。
-
給与明細に固定残業手当と超過分を分けて書く
「固定残業手当(20時間分)40,000円」「時間外手当(超過10時間)17,308円」のように、内訳が分かる形で記載します。
「固定残業代を払っているから勤怠は付けなくてよい」「超えた分は払わない」という運用は、超過分の未払いになるだけでなく、固定残業代そのものが残業の対価と認められない原因にもなります。勤怠の付け方は勤怠管理の方法を参考に整えてください。
固定残業代が無効とされる例と、その場合の未払いリスク
固定残業代が無効になる典型は、残業代の部分が基本給や手当、歩合給と区別できないケースです。無効とされると、固定残業代として払っていた額も通常の賃金に含めて残業代の単価を計算し直し、残業代を全額払うことになります。
| 判決 | 事案の概要 | 判断 |
|---|---|---|
| 高知県観光事件(最高裁平成6年6月13日) | タクシー乗務員の歩合給に、時間外・深夜の割増賃金が含まれるとしていた | 通常の賃金と割増賃金の部分を判別できず、割増賃金の支払いとは認められない |
| テックジャパン事件(最高裁平成24年3月8日) | 基本給月41万円に、月180時間以内の時間外労働分も含まれるとしていた | 判別できず、180時間以内の時間外労働にも割増賃金の支払いが必要 |
| 日本ケミカル事件(最高裁平成30年7月19日) | 業務手当を時間外労働の対価として支給し、契約書などに記載していた | 契約書・説明・勤務状況から対価と認められ、割増賃金の支払いとして有効 |
| 国際自動車事件(最高裁令和2年3月30日) | 歩合給の計算で、残業手当と同じ額を差し引く仕組みだった | 実質的に通常の賃金を割増賃金に置き換えたもので、割増賃金の支払いとは認められない |
試算 — 無効と判断されたら、1人あたりいくらの未払いになるか(仮の設定)
「月給28万円(うち固定残業手当4万円=20時間分)」のスタイリストが、毎月20時間の時間外労働をしていたとします。固定残業代が無効とされると、28万円全体が通常の賃金になり、時給換算は約1,615円です。残業代は約1,615円×1.25×20時間で月約40,400円がまるごと未払いという扱いになります。
賃金の請求権の時効は当面3年なので(労働基準法第115条・附則第143条)、3年分では1人あたり約145万円です。裁判になれば、未払い額と同じ額までの付加金の支払いを命じられることもあります(同法第114条)。数字は自分で置いた前提による試算で、遅延損害金は含めていません。
固定残業代の運用を、次の8項目で点検してください。
- 求人票に「固定残業代を除いた基本給」「時間数と金額」「超過分の追加支払い」を書いている
- 労働条件通知書と就業規則(賃金規程)にも同じ内容を書いている
- 固定残業時間は直近の平均残業時間に近く、月45時間を超えていない
- 固定残業代を除いた基本給で、改定後の最低賃金を上回っている
- 36協定を結んで労働基準監督署に届け出ている
- 練習・準備・片付けを含めて、毎日の労働時間を記録している
- 固定残業時間を超えた月は、超過分と深夜・休日の割増賃金を追加で払っている
- 給与明細で基本給・固定残業手当・超過分を分けて表示している
よくある質問
残業が固定残業時間に満たない月は、固定残業代を減らしてもよいですか?
減らせません。固定残業代は、残業が少ない月も契約どおり全額払う約束の賃金で、一方的に減額すれば賃金の未払いになります。
歩合給の中に残業代を含めることはできますか?
区別できなければ認められません。歩合給と残業代の部分を判別できない仕組みは、最高裁で割増賃金の支払いと認められていません(高知県観光事件・国際自動車事件)。歩合給にも時間外労働に応じた割増賃金が必要です。
店長なら管理職なので残業代は払わなくてよいですか?
店長という役職だけでは残業代は不要になりません。労働基準法の管理監督者(第41条第2号)にあたるには、経営に関わる権限、出退勤の自由、地位にふさわしい待遇が必要で、該当する場合でも深夜労働の割増賃金は支払いが必要です。
固定残業代はパートやアルバイトにも使えますか?
法律上は使えますが、時給制のスタッフには通常向きません。時給制なら実際の残業時間に割増率を掛けて払うほうが計算が簡単で、固定残業代の明示や毎月の精算の手間もかかりません。
すでに固定残業代を導入していて、書き方が不十分だった場合はどうすればよいですか?
労働条件通知書と給与明細で基本給と固定残業代の金額・時間数を分けて示し直し、過去の超過分に未払いがないかを確認します。給与の内訳を変える場合は、不利益な変更にならないよう、スタッフ一人ひとりから書面で同意を取ってください。
出典:労働基準法第36条・第37条・第38条の2・第40条・第41条・第114条・第115条・附則第143条(e-Gov法令検索「労働基準法」)、労働基準法施行規則第19条・第25条の2、最低賃金法第4条、最低賃金法施行規則第1条、職業安定法第5条の3・第5条の4・第65条、青少年の雇用機会の確保及び職場への定着に関して事業主、特定地方公共団体、職業紹介事業者等その他の関係者が適切に対処するための指針(平成27年厚生労働省告示第406号)第二の一(一)ハ(ハ)、厚生労働省リーフレット「固定残業代を賃金に含める場合は、適切な表示をお願いします。」(厚生労働省「若者雇用促進法」)、最高裁平成6年6月13日判決、平成24年3月8日判決、平成30年7月19日判決、令和2年3月30日判決、厚生労働省「令和8年度地域別最低賃金全国一覧」(厚生労働省「地域別最低賃金の全国一覧」)。個別の判断は社会保険労務士か労働基準監督署に確認してください。
固定残業代は「分けて書く・実態に合わせる・超えたら払う」の3点で運用します。まず求人票と労働条件通知書を厚生労働省の記載例の3点に沿って書き直し、改定後の最低賃金で基本給部分を計算し直してください。
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