法人化した美容室の役員報酬は、事業年度の開始(設立)から3か月以内に月額を決め、その年度は毎月同じ額を払う「定期同額給与」にしないと、法人の経費(損金)になりません(法人税法第34条第1項)。金額は法人税だけで決めず、役員本人と会社の社会保険料、所得税・住民税の合計と、会社に残すべき資金から逆算して決めます。
この記事では、定期同額給与のルール、変えられる時期、年800万円の利益がある店の手取りと社会保険料の試算、月額をどこに置くかの判断表(標準報酬月額の等級の境目を含む)、株主総会議事録の文例、現場でつまずく点を整理します。法人化するかどうかの判断は扱いません(2026年10月時点の情報です)。
結論:美容室の役員報酬の決め方の早見表
役員報酬は「年度の初めに決めて、1年間変えない」が原則です。決める時期・変えられる場合・金額の考え方を一覧にします。
| 項目 | 目安・ルール | 根拠・理由 |
|---|---|---|
| 損金になる形 | 毎月同額の定期同額給与(ほかに事前確定届出給与・業績連動給与) | 法人税法第34条第1項 |
| 決める・変える時期 | 事業年度開始の日から3か月以内(設立1期目は設立から3か月以内) | 法人税法施行令第69条第1項 |
| 期中の増額 | 役職の変更などの臨時改定事由がなければ、増えた分は損金にならない | 国税庁「役員給与に関するQ&A」 |
| 期中の減額 | 経営状況の著しい悪化などの業績悪化改定事由があれば可能 | 一時的な資金繰りの都合や目標未達だけでは認められない |
| 決め方 | 株主総会(合同会社は定款・社員の決定)で決議し、議事録を残す | 会社法第361条。損金算入の証拠になる |
| 金額の考え方 | 生活に必要な手取り+会社に残す資金(借入金の元金返済・設備更新)から逆算 | 借入金の元金返済は経費にならず、税引後の利益から払う |
法人にすると経費の範囲がどう変わるかは美容室を法人にすると経費はどう変わるかで解説しています。この記事は役員報酬に絞ります。
定期同額給与とは — 毎月同じ額の役員報酬だけが損金になる
定期同額給与とは、1か月以下の一定の期間ごとに支給され、その事業年度の各支給額が同じである役員への給与のことです。法人の利益に応じて役員報酬を自由に動かすと利益の調整ができてしまうため、法人税法は損金になる役員給与の形を限定しています。
スタッフの給与は残業や歩合で毎月変わっても損金になりますが、オーナー(代表取締役)や役員の報酬は違います。たとえば月50万円と決めた年度に、繁忙期の12月だけ80万円を払うと、増やした30万円は損金になりません。源泉徴収した後の手取り額が毎月同じ場合も、定期同額給与として扱われます。
損金になる役員給与は、定期同額給与のほかに、税務署に事前に届け出た日・金額どおりに払う「事前確定届出給与」と、上場企業などが使う「業績連動給与」があります。小規模な美容室で使うのは、定期同額給与と、必要に応じて事前確定届出給与の2つです。
役員報酬を変えられる時期 — 年度開始から3か月以内、期中の増額は損金にならない
役員報酬を変えられるのは、原則として事業年度開始の日から3か月以内です。決算が3月末の会社なら6月末まで、12月末の会社なら翌年3月末までに決議します。
| 場面 | 変更できるか | 損金の扱い |
|---|---|---|
| 年度開始から3か月以内の改定(増額・減額) | できる | 改定前・改定後とも、それぞれ同額なら損金 |
| 役職の変更・職務内容の重大な変更(臨時改定事由) | できる | 損金 |
| 経営状況の著しい悪化による減額(業績悪化改定事由) | 減額のみできる | 損金 |
| 売上が伸びたので期の途中で増額 | 支払うことはできる | 増額した部分は損金にならない |
| 資金繰りが一時的に苦しいので期の途中で減額 | 支払うことはできる | 業績悪化改定事由に当たらないと、減額前の各月の支給額のうち減額後の額を超える部分が損金にならない |
期の途中で利益が予想より多くなっても、役員報酬を増やして利益を減らす方法は使えません。増額した分は損金にならず、受け取った本人には所得税・住民税がかかるため、二重に負担が増えます。利益の見込みは、年度開始から3か月以内の改定の時点で、前年の数字と予約の状況から見積もってください。
設立1期目は、設立の日から3か月以内に決めます。期末の利益の見込みに応じてできる準備は美容室が決算前にやることにまとめています。
金額の決め方 — 法人税・社会保険料・所得税の合計で比べる試算
役員報酬の額は、会社が払う法人税等と、本人・会社が払う社会保険料、本人の所得税・住民税の合計で比べます。社会保険料は役員報酬にかかり、会社と本人で合わせて約3割になるため、報酬を上げるほど合計の負担は増えやすくなります。
| 項目(年額・万円) | 月30万円 | 月45万円 | 月55万円 |
|---|---|---|---|
| 役員報酬 | 360 | 540 | 660 |
| 社会保険料(本人負担) | 51.1 | 74.9 | 95.4 |
| 社会保険料など(会社負担) | 52.4 | 76.8 | 97.8 |
| 法人の所得 | 387.6 | 183.2 | 42.2 |
| 法人税・地方法人税・法人住民税・法人事業税など | 93.8 | 48.0 | 16.5 |
| 所得税(復興特別所得税を含む) | 4.5 | 11.4 | 19.1 |
| 住民税 | 15.2 | 27.3 | 34.8 |
| 税・社会保険料の合計 | 217.0 | 238.4 | 263.5 |
| 本人の手取り | 289.1 | 426.4 | 510.7 |
| 法人に残るお金(税引後) | 293.8 | 135.2 | 25.8 |
前提:役員報酬と会社負担の社会保険料を引く前の法人の利益が年800万円。東京23区、資本金1,000万円以下、協会けんぽ東京支部(2026年度:健康保険料率9.85%、子ども・子育て支援金率0.23%、厚生年金保険料率18.3%、会社のみ負担の子ども・子育て拠出金率0.36%)の料率で12か月分。役員は40歳未満(介護保険料なし)・扶養なし。所得税は2026年分の基礎控除(特例を含む)と給与所得控除・社会保険料控除のみ、住民税は基礎控除43万円・所得割10%・均等割と森林環境税5,000円。法人事業税は標準税率、事業税の損金算入の時期の差は考慮しない概算です。
この前提では、月30万円と月55万円で税・社会保険料の合計に約46万円の差が出ます。ただし、数字だけで低い報酬が得とは決められません。理由は3つです。
- 法人に残したお金は自由に使えない:個人の生活費に回すには、配当(配当所得として課税)や役員退職金などで改めて受け取る必要があります。
- 厚生年金と健康保険の給付が変わる:社会保険料が多いほど、将来の厚生年金や、病気で休んだときの傷病手当金の基準になる額も大きくなります。
- 借入金の返済は法人の税引後利益から払う:融資の元金返済は経費にならないため、返済額と設備の買い替え資金は法人に利益として残す必要があります。
オーナーの手取りの構造と規模別の考え方は美容室経営の年収はどう決まるか、法人化を決める段階の比較は美容室の法人化のタイミングで確認できます。
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月額をどこに置くか — 下限・上限・等級の境目で決める判断表
下限は生活に必要な手取りから、上限は法人に残すべき資金から決め、その間で社会保険の等級の境目を避けた額にします。自店の状況を上から順に当てはめてください。
| 状況 | 月額の決め方 | 判断の基準・数字 |
|---|---|---|
| 生活に必要な手取りが決まっている | 必要な手取り÷0.78前後を下限にする | 上の試算では、手取りは額面の約77〜80%(40歳未満・扶養なし)。手取り月35万円なら月45万円前後 |
| 報酬と会社負担の社会保険料を引いた後の法人の所得が800万円を超える見込み | 報酬を上げて800万円以下に近づける | 中小法人の法人税率は所得800万円以下の部分15%、超える部分23.2% |
| 借入金の元金返済や設備の積立がある(例:年120万円) | その額を法人に税引後で残せる月額にとどめる | 元金返済は経費にならず、税引後の利益から払う |
| 決めた月額が標準報酬月額の等級の境目のすぐ上 | 境目の下に下げる | 月51万5,000円は標準報酬月額53万円、51万4,000円なら50万円。保険料は会社と本人の合計で年約10万円違う |
| 設立1期目で売上の見込みが立たない | 生活費から出した下限で決め、2期目の期首から3か月以内に見直す | 期中の増額は損金にならず、減額にも理由が要る |
| 家族を役員にする | 担当する仕事を同じ時間スタッフに頼んだ場合の給与を目安にする | 不相当に高額な部分は損金にならない |
等級の境目の例は、報酬月額48万5,000円以上51万5,000円未満が標準報酬月額50万円、51万5,000円以上54万5,000円未満が53万円という区分によります。差の3万円に、健康保険料率9.85%(東京都)・子ども・子育て支援金率0.23%・厚生年金保険料率18.3%の合計28.38%をかけると月8,514円、年102,168円です。報酬を月1,000円(年12,000円)下げるだけで、会社と本人の保険料の合計がこれだけ減ります。ただし、厚生年金の将来の給付と傷病手当金の基準も下がるため、境目の下に置くかは本人が納得して決めます。
役員報酬を決める手順 — 試算から株主総会の議事録まで
役員報酬は生活に必要な手取りと、会社に残す資金の両方から逆算して決め、株主総会で決議して議事録を残す流れで進めます。
-
生活に必要な手取りを出す
家賃・住宅ローン、生活費、貯蓄を月ごとに出します。個人で払う国民年金や国民健康保険はなくなり、給与から社会保険料が引かれる前提で考えます。
-
法人の1年間の利益と、残すべき資金を見積もる
前年の実績と予約の状況から、役員報酬を引く前の利益を出します。借入金の元金返済額と設備の買い替えの積立額を、法人に残す分として先に確保します。
-
2〜3通りの月額で試算する
上の表のように、法人税等・社会保険料・所得税・住民税を合計して比べます。税理士がいれば、決算の見込みとあわせて試算してもらいます。
-
株主総会で決議し、議事録を作る
年度開始から3か月以内(設立1期目は設立から3か月以内)に決議します。株主がオーナー1人でも議事録を作り、決議日・月額・支給開始月を残します。
-
毎月同じ日に同じ額を払い、手続きをする
源泉徴収をして納付し、年末調整を行います。報酬額を大きく変えた場合は、社会保険の月額変更届が必要になることがあります。
株主総会議事録の文例(株主・取締役がオーナー1人の株式会社、4月1日開始の事業年度)
- 臨時株主総会議事録 1.日時:令和9年4月20日 午前10時 2.場所:当会社本店(東京都〇〇区〇〇1-2-3)
- 3.株主の総数1名、発行済株式の総数100株、議決権を行使できる株主の総数1名・議決権の数100個、出席株主数1名・議決権の数100個
- 4.議長:代表取締役 〇〇〇〇 5.出席取締役:〇〇〇〇
- 6.議案:取締役の報酬額決定の件。議長は、代表取締役〇〇〇〇の報酬を令和9年4月分から月額450,000円とし、毎月25日に支給したい旨を述べ、その可否を諮ったところ、全員一致で承認可決した。
- 以上の決議を明確にするため、議事録を作成し、議長及び出席取締役が記名押印する。令和9年4月20日 株式会社〇〇 議事録作成者 代表取締役 〇〇〇〇
株主が自分1人なら、株主総会を開かずに、提案に株主全員が書面で同意して決議があったものとみなす方法(会社法第319条)も使えます。その場合も議事録を作って本店に置きます。法人の代表者1人だけの会社でも、役員報酬を払えば社会保険への加入が必要です。加入の手続きは美容室の社会保険の加入義務で解説しています。
家族を役員にする場合と、役員賞与(事前確定届出給与)の注意
配偶者などの家族を役員にして報酬を払うことはできますが、実際の仕事の内容に見合う額であることが前提です。不相当に高額な部分は損金になりません(法人税法第34条第2項)。
- 家族役員の報酬額:受付・経理・店販の管理など担当する仕事、勤務時間、同じ仕事をスタッフに頼んだ場合の給与と比べて決めます。勤務の実態がないのに報酬だけ払うと、損金にならないおそれがあります。
- 家族役員と社会保険:常勤の役員は社会保険の被保険者になります。勤務の実態が乏しい非常勤役員は被保険者にならない場合があり、判断は年金事務所に確認します。
- 個人事業の専従者給与からの切り替え:夫婦で営む店が法人化するときの専従者給与と役員報酬の違いは夫婦で経営する美容室の法人化で整理しています。
- 役員賞与は事前確定届出給与で:役員に賞与を払って損金にするには、支給日と金額を事前に税務署へ届け出ます。期限は株主総会等の決議日から1か月を経過する日と、会計期間開始の日から4か月を経過する日のいずれか早い日(新設法人は設立の日以後2か月を経過する日)です。
- 届出どおりに払う:届け出た額と違う金額を払うと、原則としてその支給額の全額が損金になりません。賞与にも社会保険料がかかります。
現場でつまずく5つの点 — 期限の数え方・遡り・社会保険の届出
役員報酬の失敗は、金額よりも決める時期と、決めた後の手続きで起きます。
- 3か月を決算日から数える:期限は事業年度の開始日から3か月以内です。3月決算(4月1日開始)の会社なら6月30日まで、12月決算なら3月31日までに決議します。防ぎ方:決算日ではなく期首の日をカレンダーに書き、そこから3か月後の日に印を付けます。
- 決議より前の月にさかのぼって増額分を払う:6月に決議して4月分・5月分の差額をまとめて払うと、毎月同額の形が崩れます。防ぎ方:議事録に「〇月分から」と支給開始月を書き、決議後に支払う月から新しい額にします。
- 等級の境目のすぐ上に決める:数千円の差で標準報酬月額が1等級上がると、会社と本人の保険料の合計が年10万円前後増えることがあります。防ぎ方:月額の候補を決めたら、協会けんぽの保険料額表で等級を確認します。
- 報酬を変えたのに社会保険の届出をしない:固定の報酬が変わり、変わった月から3か月の平均で標準報酬月額が2等級以上変わると、月額変更届が必要です。防ぎ方:改定した月から3か月分の支給額を記録し、4か月目に届出の要否を確認します。
- 報酬を低くしすぎて生活費を会社から引き出す:会社のお金を個人の生活費に使うと、役員への貸付金として帳簿に残り、返済が必要になります。防ぎ方:判断表の下限(必要な手取り÷0.78前後)を下回る額にしないことです。
役員報酬を決める前に、次の7項目を確認してください。
- 事業年度の開始日から3か月以内という期限を、期首の日から数えて確認した
- 生活に必要な手取りから、月額の下限を出した
- 借入金の元金返済額と設備の買い替え資金を、法人に残す分として見積もった
- 2〜3通りの月額で、法人税等・社会保険料・所得税・住民税の合計を比べた
- 候補の月額が標準報酬月額の等級の境目のすぐ上でないかを確認した
- 株主総会の議事録に、決議日・月額・支給開始月・支給日を書いた
- 家族役員の報酬と役員賞与の届出期限を確認した
よくある質問
法人を設立したら、役員報酬はいつまでに決めればよいですか?
設立の日から3か月以内に決めます。2期目以降は、事業年度開始の日から3か月以内に改定するかどうかを決め、株主総会の議事録を残します。
期の途中で売上が伸びたので役員報酬を上げてもよいですか?
支払うことはできますが、役職の変更などの臨時改定事由がなければ、増額した部分は損金になりません。翌事業年度の開始から3か月以内に改定するのが原則です。
売上が落ちたときは、期の途中で役員報酬を下げられますか?
経営状況の著しい悪化などの業績悪化改定事由に当たれば、減額して損金にできます。一時的な資金繰りの都合や、売上目標に届かなかっただけでは認められないため、減額の理由を書類で残し、税理士に確認してください。
役員報酬を0円にすることはできますか?
できます。ただし報酬がない役員は会社の社会保険に加入できないため、国民健康保険と国民年金に自分で加入します。生活費を会社から引き出すと役員への貸付になるため、報酬の額は生活費と合わせて決めます。
役員報酬にも源泉徴収と年末調整は必要ですか?
必要です。役員報酬は給与所得なので、毎月源泉徴収して納付し、年末調整を行います。社員がいない1人法人でも同じです。
株主が自分1人でも株主総会の議事録は必要ですか?
必要です。株主総会を開かず、提案に株主全員が書面で同意する方法で決めた場合も、議事録を作って本店に備え置きます。決議日・月額・支給開始月が書かれた議事録は、定期同額給与として期首から3か月以内に決めたことを示す証拠になります。
出典:法人税法第34条(e-Gov法令検索「法人税法」)、法人税法施行令第69条、会社法第319条・第361条、協会けんぽ「令和8年度保険料額表」(全国健康保険協会)、国税庁「No.5211 役員に対する給与(平成29年4月1日以後支給決議分)」(国税庁)、国税庁「役員給与に関するQ&A」(国税庁)、国税庁「No.5759 法人税の税率」(国税庁)、協会けんぽ「令和8年度都道府県単位保険料率」(全国健康保険協会)、財務省「令和8年度税制改正の大綱」(財務省)。個別の金額は税理士に試算を依頼してください。
まず、生活に必要な手取りと、法人に残す返済・設備資金の2つの数字を出し、2〜3通りの月額で税と社会保険料の合計を比べることから始めてください。試算や議事録の作成を誰に頼むかは美容室に税理士は必要かで判断できます。
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