美容室の開業前に払った物件探しの交通費、講習・セミナー代、打合せ費、チラシや広告の費用は「開業費」として繰延資産にまとめ、開業した年以降の好きな年に好きな額を必要経費にできます(所得税法施行令第7条第1項第1号・第137条第3項)。敷金・礼金、内装工事、シャンプー台などの設備、開業前に仕入れた薬剤や店販商品は開業費に入れず、それぞれ資産・繰延資産・減価償却資産・仕入として処理します。
この記事では、開業前の支出の仕分け表(記入例)、開業費をいつ償却するかの判断表、10月開業の店で償却の年を変えたときの税負担の試算、仕訳の例、法人の創立費、現場でつまずく点を、個人で開業するオーナーを中心に整理します(2026年10月時点の情報です)。
結論:開業前の支出の処理の早見表
開業前の支出は、「準備のための費用」は開業費、「形が残る物・戻るお金・売る物」は別の科目と分けると迷いません。
| 開業前の支出 | 処理 | 経費になる時期 |
|---|---|---|
| 物件探しの交通費、講習・セミナー代、打合せ費、チラシ・広告費、ホームページ制作費 | 開業費(繰延資産) | 開業した年以降、任意の年に任意の額(または5年で均等) |
| 敷金・保証金のうち返ってくる部分 | 差入保証金(資産) | 経費にならない |
| 礼金、敷金・保証金のうち返ってこない部分 | 繰延資産(建物を借りるための権利金等) | 原則5年で償却。20万円未満なら支出した年の経費 |
| 内装工事(着手金・設計料を含む) | 減価償却資産(建物附属設備・造作) | 開業日から耐用年数で減価償却 |
| シャンプー台・セット椅子など10万円以上の設備 | 減価償却資産 | 開業日から減価償却(少額の特例が使える場合あり) |
| ドライヤー・ハサミなど10万円未満の道具 | 消耗品費 | 使い始めた(開業した)年の経費 |
| 薬剤・店販商品の仕入 | 仕入(期末に残った分は棚卸資産) | 使った・売れた分がその年の売上原価 |
開業後の経費全般の判断は美容室で経費にできるもので解説しています。この記事は開業前の支出に絞ります。
開業費とは — 開業準備のために特別に支出する費用
開業費とは、事業を開始するまでの間に開業準備のために特別に支出する費用のことです(所得税法施行令第7条第1項第1号)。支出の効果が開業後にも及ぶため、払った時点ではなく「繰延資産」として資産に計上し、開業後に償却して経費にします。
事業を始める前は事業所得がないため、開業前の支出をそのまま経費にする場所がありません。開業費の仕組みを使うと、準備にかかったお金を開業後の所得から差し引けるようになります。開業日以後の支出は通常の経費として処理します。何か月前までの支出なら開業費にできるという期間の決まりはありませんが、開業準備との関係を説明できる支出に限られます。開業前の家賃・水道光熱費・仲介手数料、研修中のスタッフの給与など毎月の経費に近い支出は、扱いを税理士に確認してください。開業日の決め方は美容室の開業届の書き方と出す順番にあります。
開業前の支出をどう分けるか — 仕分け表の記入例
開業日に、準備を始めてからの領収書を1行1件で表にし、「区分」と「記帳する科目」の列を埋めてから記帳します。開業費の合計だけでなく、設備や保証金も同じ表で拾えるため、記帳漏れと科目の取り違えを防げます。
| 日付 | 内容と目的 | 金額(税込) | 区分 | 記帳する科目 |
|---|---|---|---|---|
| 2026年6月12日 | 〇〇駅前の物件の内見、往復の電車代 | 1,200円 | 開業費 | 開業費 |
| 2026年7月3日 | 開業セミナー受講料(〇〇協会) | 33,000円 | 開業費 | 開業費 |
| 2026年7月20日 | 店舗の敷金(退去時に全額返還の契約) | 600,000円 | 保証金 | 差入保証金 |
| 2026年7月20日 | 店舗の礼金 | 300,000円 | 礼金 | 繰延資産(長期前払費用)で5年償却 |
| 2026年8月5日 | 内装工事の着手金(〇〇工務店) | 2,000,000円 | 内装 | 建設中の内装として計上し、完成後に取得価額へ |
| 2026年9月1日 | シャンプー台2台(〇〇ディーラー) | 1,320,000円 | 設備 | 工具器具備品 |
| 2026年9月10日 | ドライヤー3台(1台22,000円) | 66,000円 | 道具 | 消耗品費(開業した年) |
| 2026年9月25日 | カラー剤・店販シャンプーの初回仕入 | 220,000円 | 仕入 | 仕入 |
| 2026年9月28日 | 家族との食事 | 8,000円 | 私用 | 対象外(記帳しない) |
記入例の日付・金額は説明のための仮定です。表の最後の列に、紙の領収書のファイル番号かPDFのファイル名を足しておくと、税務調査で証拠をすぐ出せます。
礼金や返ってこない保証金は、原則5年(契約期間が5年未満で更新時に再び支払う必要がある場合はその契約期間)で償却します。保証金の償却の契約の読み方は美容室の店舗賃貸借契約で確認する条項、内装の償却は美容室の内装の耐用年数と減価償却で確認できます。
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開業費をいつ経費にするか — 所得の見込みで決める判断表
開業費は、残っている額の範囲内で好きな年に好きな額を経費にできる任意償却が使えます(所得税法施行令第137条第3項)。何も選ばない場合の原則は、60か月(5年)で均等に償却する方法です。税率が高い年に回すほど、同じ額の償却で減る税金が大きくなります。
| 開業した年の状況 | 開業した年の償却額 | 理由 |
|---|---|---|
| 償却前の事業所得が赤字 | 0円 | 白色申告は赤字を繰り越せない。青色申告でも期限のない任意償却に残すほうが調整しやすい |
| 黒字だが、青色申告特別控除や所得控除で課税所得が0円になる | 0円 | 償却しても所得税は減らない |
| 課税所得が195万円以下(所得税率5%)で、翌年は330万円超(20%)の見込み | 0円か、課税所得が残らない範囲まで | 同じ額でも翌年に回すと所得税の減り方が4倍になる |
| 青色申告特別控除前の所得が、月割の事業主控除を超える | 超える分まで償却を検討 | 所得税・住民税に加えて個人事業税も5%分減る |
| 翌年以降も所得と税率が同じ程度の見込み | 全額 | どの年に使っても効果は同じなので、残高の管理を早く終える |
試算の前提(仮定):2026年10月1日に個人で開業。開業費は合計450,000円(物件内見の交通費18,000円、開業セミナー33,000円、打合せの飲食代12,000円、チラシ・ショップカード77,000円、ホームページ制作165,000円、開業前のSNS広告55,000円、プレオープンの案内状30,000円、予約システムの初期費用60,000円)。2026年(10〜12月)は開業費の償却前でも課税所得0円。2027年は償却前の課税所得380万円(所得税率20%)、青色申告特別控除前の事業所得500万円。所得税は復興特別所得税等を含め102.1%、住民税10%、個人事業税5%で計算。
| 償却のしかた | 2026年の償却 | 2027年の償却 | 2027年分で減る税負担 |
|---|---|---|---|
| 2026年に全額 | 450,000円 | 0円 | 0円(2026年も課税所得0円のため減らない) |
| 2026年は0円、2027年に全額 | 0円 | 450,000円 | 約159,400円(450,000円×(20%×102.1%+10%+5%)) |
| 5年均等(原則) | 22,500円(450,000円÷60×3か月) | 90,000円 | 約31,900円。残りは2028年以後に毎年90,000円 |
この店では、2026年に全額を償却すると税金が1円も減らず、白色申告なら赤字も繰り越せません。2027年に回すだけで約15万9千円の差になります。開業1年目の税金と、2年目にまとめて来る支払いの準備は美容室の開業1年目にやることで確認してください。
仕訳の例 — 開業前の支払いから決算での償却まで
個人事業では、開業前の支出は開業日にまとめて「開業費/事業主借」で記帳し、決算で償却する額を「開業費償却」にします。開業前は事業用の口座がないことが多く、個人のお金で払った扱いになるためです。
仕訳の例(上の試算の店・開業費450,000円を個人のお金で支払い)
- 2026年10月1日(開業日):借方 開業費 450,000円 / 貸方 事業主借 450,000円
- 2026年12月31日(償却0円を選ぶ場合):仕訳なし。決算書の繰延資産の欄に未償却残高450,000円を書く
- 2027年12月31日(全額償却):借方 開業費償却 450,000円 / 貸方 開業費 450,000円
- 5年均等にする場合の2026年12月31日:借方 開業費償却 22,500円 / 貸方 開業費 22,500円
開業前に個人のクレジットカードで払い、引落としが開業後になったものも、利用した日が開業前なら開業費に入れます。逆に、開業前に申し込んだ広告でも、掲載と請求が開業後なら通常の経費(広告宣伝費)です。青色申告決算書・収支内訳書の「繰延資産の償却費の計算」の欄には、開業費の額、償却額、未償却残高を書きます。
法人で開業する場合 — 創立費と開業費を分ける
会社を作って美容室を始める場合は、会社の設立までの費用は「創立費」、設立後から営業開始までの準備費用は「開業費」として、どちらも繰延資産にします(法人税法施行令第14条第1項)。どちらも任意の額を償却でき、損金経理した額が損金になります。
| 区分 | 期間 | 例 |
|---|---|---|
| 創立費 | 会社の設立登記まで | 定款の認証手数料、設立登記の登録免許税、司法書士への報酬、会社の印鑑代、設立のための打合せ費用 |
| 開業費 | 設立後から営業開始まで | 開業前の広告・チラシ、講習、物件探しの交通費、打合せ費 |
設立前に代表者が個人で立て替えた費用は、会社の帳簿に入れて代表者への未払金(役員借入金)として処理します。設立登記の登録免許税は、市区町村の特定創業支援等事業の証明を受けると軽減される場合があるため、設立前に確認しておきます。個人で開業した後に法人成りする場合、会社を作るための費用は新しい会社の創立費になり、個人事業の開業費とは別に扱います。
現場でつまずく5つの点 — 開業日・内装・礼金・残高の引き継ぎ
開業費の誤りは、どこまでが開業前か、どれが開業費以外かの線引きで起きます。
- プレオープンで料金を受け取った後の支出まで開業費にする:お客様から料金を受け取って施術を始めた日以後は、事業を始めた後の支出です。防ぎ方:開業届の開業日を、料金を受け取る最初の日より後にしないよう決めます。料金の決め方はプレオープン・レセプションのやり方で確認できます。
- 内装工事の着手金や設計料を開業費に入れる:内装の取得価額の一部で、耐用年数で償却します。開業の翌年1月には償却資産として市区町村への申告も必要です。防ぎ方:工務店への支払いは金額に関係なく「内装」の区分にまとめます。
- 20万円以上の礼金を開業費に混ぜる:礼金は原則5年の償却で、任意償却はできません。防ぎ方:賃貸借契約書の金額欄を見て、礼金と返る敷金を仕分け表で先に分けます。
- 白色申告の赤字の年に全額を償却する:赤字を翌年に繰り越せないため、償却した分が消えます。防ぎ方:開業年の決算で償却前の所得を出してから償却額を決めます。
- 翌年に未償却残高を引き継がない:会計ソフトの年度更新や乗り換えで残高が消えると、任意償却の残りを使えなくなります。防ぎ方:決算書の繰延資産の欄の未償却残高を、仕分け表の末尾に毎年書き写します。
開業費に入れられるのは事業のための支出だけです。独立前の私的な旅行や生活費、家族との食事、勤め先の仕事のための講習代を入れると、税務調査で経費として認められません。
説明できる記録を残すため、領収書は準備を始めた日から次の3つの手順で保管します。
-
開業準備用のファイルと支払手段を分ける
領収書を入れるファイルを1つ決め、可能なら開業準備用のクレジットカードを1枚に絞ります。
-
領収書に目的を書き添える
「〇〇駅前の物件内見」「内装業者と打合せ(〇〇工務店)」のように、日付・相手・目的をメモします。
-
領収書が出ない交通費は記録表を作る
電車・バスは、日付・区間・目的・金額を表にまとめ、ICカードの利用履歴を印刷して添えます。ネットで払った分はPDFのまま保存します。
開業費を処理する前に、次の7項目を確認してください。
- 開業届の開業日を確認し、その前日までの支出を仕分け表に集めた
- 敷金・保証金、礼金、内装工事(着手金を含む)、設備、仕入を開業費から外した
- 10万円未満の道具は、開業した年の消耗品費に分けた
- 領収書や交通費の記録に、日付・相手・目的を書いた
- 開業した年と翌年の所得の見込みを出し、判断表で今年の償却額を決めた
- 決算書の「繰延資産の償却費の計算」欄に、開業費と未償却残高を書いた
- 未償却残高を仕分け表の末尾に書き写し、翌年に引き継いだ
よくある質問
開業の何か月前までの支出なら開業費にできますか?
法律上の期間の決まりはありません。開業準備のための支出であることを説明できれば、数か月前の物件探しや講習の費用も入ります。勤め先の仕事のための支出や私的な支出は入りません。
退職してから受けたカット講習やカラー講習の受講料も開業費になりますか?
独立後の店のメニューのために、退職後の開業準備の期間に自分で払って受けた講習なら、開業費に入れられます。勤めていた店の業務として受けた講習や、店が費用を出した講習は入りません。
開業費は開業した年に全部経費にしないといけませんか?
いいえ。開業費は任意償却ができるため、開業した年に0円にして翌年以降に回すことも、全額を経費にすることもできます。何年までに償却しなければならないという期限もありません。
開業前に買ったドライヤーやシザーは開業費ですか?
開業費ではありません。10万円未満の道具は開業した年の消耗品費、10万円以上は減価償却資産として開業日から償却します。青色申告なら少額減価償却資産の特例が使える場合もあります。
白色申告でも開業費の任意償却はできますか?
できます。任意償却は青色申告に限られていません。ただし白色申告では赤字を翌年に繰り越せないため、赤字の年には償却せず、利益が出た年に回すのが有利です。
開業前に仕入れたカラー剤やシャンプーも開業費ですか?
開業費ではなく仕入です。施術で使った分や売れた分がその年の売上原価になり、年末に残った分は棚卸資産として翌年に繰り越します。
出典:所得税法施行令第7条・第137条・第139条の2(e-Gov法令検索「所得税法施行令」)、法人税法施行令第14条・第64条(e-Gov法令検索「法人税法施行令」)、所得税法第89条(税率)、所得税基本通達50-3。個別の支出の判断は税理士または税務署に確認してください。
まず、開業準備を始めてからの領収書と交通費の記録を集め、記入例と同じ列の仕分け表を作ることから始めてください。開業後の仕入と棚卸の扱いは美容室の売上原価とは何かで確認できます。
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