奨学金の代理返還を美容室の福利厚生にする|対象者の判断表・手当との差の試算・支援規程の文例

奨学金の代理返還とは、店がスタッフの日本学生支援機構(JASSO)の奨学金の返還額を、給与とは別に機構へ直接送金する制度です。通常の給与に上乗せして支援すればスタッフの所得税は非課税となり得て、社会保険料の算定の基になる報酬にも原則含まれないため、同じ月1万円でも手当で払うより店の支出は少なく、スタッフの手元に残る効果は大きくなります。

この記事では、スタッフの状況別にどの形で支援するかの判断表、手当で払う場合との比較の試算、申請から送金までの手続き、そのまま使える奨学金返還支援規程、導入後につまずく6つの点を、福利厚生として導入する美容室の立場からまとめます(2026年10月時点の情報です)。

目次

結論:奨学金の代理返還を導入するときの早見表

代理返還(企業等の奨学金返還支援)とは、店がスタッフの奨学金の返還残額の一部または全部を、スタッフを通さず日本学生支援機構へ直接送金する制度のことで、2021年4月から使えます。導入している企業等は2026年3月末時点で全国4,852社です。

項目 内容 根拠
対象のスタッフ JASSOの貸与奨学金(第一種・第二種)を返還中の、店が直接雇用する人 JASSO「代理返還に関するQ&A」
送金の方法 口座振替(1件135円、店の負担)または払込取扱票 JASSO
所得税 通常の給与に加算して支援すれば非課税となり得る。役員などの分は対象外 所得税法第9条、国税庁タックスアンサーNo.2588
社会保険料 原則として標準報酬月額の算定の基になる報酬に含めない JASSO
店の経理 法人は給与として損金に算入でき、賃上げ促進税制の対象となり得る JASSO
給与の置き換え 給与を減らしてその分を返還に回すと、給与として課税され報酬にも含まれる 国税庁No.2588、JASSO

誰に、どの形で支援するか — スタッフの状況別の判断表

代理返還が使えるのはJASSOの貸与奨学金を、猶予や減額を受けずに返している人です。対象者を規程に書く前に、スタッフの状況を次の表に当てはめます。

スタッフの状況 判断の条件 支援の形
JASSOの第一種・第二種を毎月返還している 返還期限の猶予や減額返還を受けていない 代理返還。口座振替なら毎月の返還額より少ない額でも支援できる
JASSOを返還中だが、猶予中・減額返還中 原則として支援できない 本人が猶予や減額の期間を短くする手続きをしてから開始
自治体・民間団体・学校の奨学金を返している 代理返還の対象外 手当で支給(給与として課税)するか、規程で対象外と明記。自治体の企業向け補助も確認
個人経営のオーナー本人 使用人ではない 非課税の扱いにならないと考えられるため対象にしない
役員、生計を一にする親族 非課税にならないことがある 税理士に確認し、規程で対象外にするのが簡単
デビューなどの節目にまとめて支援したい 払込取扱票では1回の送金額を毎月の返還額以上にする 節目の一括支援(スタイリストデビュー時に残額の一部など)

個人経営の店も制度を利用できます。支援できるのはJASSOの貸与奨学金に限られるため、入社後に奨学金の種類を確認するときは、利用目的を支援の手続きに限ると伝えます。

支援額の決め方は、毎月定額(月1万円を最長5年、総額60万円までなど。費用を見込みやすい)、勤続に応じた増額(1年目月5,000円、2年目以降月1万円など。定着を重視する店向き)、毎月の返還額の全額(人数が少なく費用に余裕がある店向き)、節目の一括(スタイリストデビュー時など)の4つです。どれを選んでも、1年あたりの予算の上限を決めておくと、対象者が増えたときに続けられなくなる事態を防げます。

税と社会保険の扱い — 給与に上乗せなら非課税、給与の置き換えは課税

代理返還が非課税になり得るのは、通常の給与に加えて、店が学資に充てる費用として支援する場合です。国税庁は、使用人の学資に充てる費用を通常の給与に加算して支給する場合は課税しなくてよいとし、給与を減らしてその分を学資金として支給するものは課税するとしています。

支援の形 所得税 社会保険料
給与とは別に、店が機構へ直接送金 非課税となり得る 原則として報酬に含めない
手当として本人に払い、本人が返還 給与として課税 報酬に含む
給与を減らし、その分を代理返還に回す 給与として課税 報酬に含む

代理返還の額は給与の支給額に含めないため、給与明細とは別に、支援額と期間を書面でスタッフに知らせます。経理の処理は店に任されているので、帳簿の科目は税理士に確認してください。月々の給与計算の流れは美容室の給与計算のやり方にまとめています。

手当で払うのとどれだけ違うか — 月1万円を支援する場合の試算

同じ月1万円でも、代理返還は手当より店の支出が少なく、スタッフに届く額は多くなります。次の前提で比べます。

項目 手当で月1万円を支給 代理返還で月1万円を支援
店の月の支出 10,000円+店の社会保険料等1,500円=11,500円 10,000円+口座振替手数料135円=10,135円
スタッフに届く効果(月) 10,000円−本人の社会保険料1,500円−所得税・住民税1,275円=7,225円 10,000円(返還額がそのまま減る)
1人・1年間 店138,000円/スタッフ86,700円 店121,620円/スタッフ120,000円
3人・5年間 店2,070,000円/スタッフ1,300,500円 店1,824,300円/スタッフ1,800,000円

試算の前提(仮定):手当の場合、本人の社会保険料を手当の15%、店の社会保険料等の負担を15%、所得税と住民税の合計を社会保険料を引いた後の額(8,500円)の15%とします。実際の料率と税率は加入する保険と本人の所得で変わります。この前提では、3人に5年間支援すると、代理返還の方が店の支出は約25万円少なく、スタッフに届く額は約50万円多くなります。なお、報酬に含めない分は将来の厚生年金の計算にも入りません。他の福利厚生と比べた費用は美容室の福利厚生の作り方で確認できます。

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利用の手続き — 電話で申請し、口座振替か払込取扱票で送金する

利用を始めるには、JASSOに電話かFAXで申請し、郵送されるIDで利用企業等専用ページから支援の情報を登録します。IDとパスワードは申請後2週間以内を目途に届きます。

  1. 規程を作り、対象者を決める

    判断表で対象者を決め、下の規程の文例を自店の条件に書き換えます。

  2. JASSOに利用を申請する

    電話またはFAXで申し込み、届いたIDで利用企業等専用ページに入ります。

  3. 対象スタッフの返還額を確認する

    奨学金返還証明書などで返還残額と毎月の返還額を確かめ、支援額を決めます。

  4. 送金方法を選んで登録する

    口座振替は店の口座から引き落とされ、1件135円の手数料がかかります。登録できる支援期間は支援開始月から12か月以内です。

  5. 導入企業としての掲載を依頼する

    専用ページから依頼すると、JASSOのホームページで導入企業として紹介されます。

払込取扱票では、1回の送金額が毎月の返還額(割賦額)を下回る支援はできません。口座振替なら可能で、差額はスタッフの口座から引き落とされます。また、返還期限の猶予中や減額返還中のスタッフは原則として支援できません。

スタッフから支援の申請を受けるときは、申請書に奨学生番号、毎月の返還額、返還残額、猶予・減額の有無を書いてもらい、奨学金返還証明書などの裏付けを添えてもらいます。奨学金の情報は本人の個人情報なので、給与の書類とは分けて鍵のかかる場所で保管します。

規程に何を書くか — そのまま使える奨学金返還支援規程

規程は、対象者、支援額と上限、給与とは別に送金すること、休職・退職時の扱いを全員に同じ基準で決めます。人によって基準が違うと、不公平感から定着の逆効果になります。

文例:奨学金返還支援規程

  • 第1条(目的)当店は、日本学生支援機構の貸与奨学金を返還しているスタッフの負担を軽くし、長く働ける環境をつくるため、奨学金の返還を支援する。
  • 第2条(対象者)当店に直接雇用され、入社後1年を経過したスタッフのうち、日本学生支援機構の第一種または第二種奨学金を返還している者とする。役員およびその親族は対象としない。
  • 第3条(支援額)支援額は月額10,000円とし、本人の毎月の返還額がこれを下回る場合はその額とする。支援の期間は最長5年、総額600,000円を上限とする。
  • 第4条(支援の方法)支援は給与とは別に、当店から日本学生支援機構へ口座振替で直接送金して行う。給与を減額して支援に充てることはしない。
  • 第5条(申請)支援を希望する者は、申請書に奨学金返還証明書を添えて提出する。返還期限の猶予または減額返還を受けている者は、その期間が終わってから申請する。
  • 第6条(中断と再開)育児休業・介護休業の期間中は支援を続ける。それ以外の休職期間中は支援を中断し、復職した月から再開する。
  • 第7条(終了)退職したとき、返還が完了したとき、または支援の総額が上限に達したときに支援を終了する。退職した場合も、支援した額の返還は求めない。
  • 第8条(個人情報)申請で得た奨学金の情報は、この支援の手続きにのみ使い、給与の書類とは分けて保管する。
  • 第9条(見直し)支援額と上限は毎年4月に見直し、変更する場合は1か月前までに周知する。

規程を作ったら、スタッフには「当店は日本学生支援機構の奨学金返還支援(代理返還)を導入しました。入社1年を過ぎた方で、第一種・第二種の奨学金を返している方が対象です。支援を希望する方は、申請書と奨学金返還証明書を店長に出してください。支援は給与とは別に店から機構へ直接送るため、給与明細には載りません」のように案内します。支援を始めた月と金額は、本人にも書面で知らせます。

「辞めたら支援した額を返す」という約束は、労働基準法第16条(違約金や損害賠償額の予定の禁止)に触れるおそれがあります。定着を促したいなら、第2条のように支援の開始を入社1年後からにするなど、これから払う分で差をつけます。就業規則に入れる場合の手続きは美容室に就業規則は必要かで、退職金と組み合わせた長期の設計は退職金制度の作り方で確認できます。

導入後につまずく点 — 6つの落とし穴と防ぎ方

代理返還の失敗は、給与との混同、送金方法の制約、登録の更新から起きます。

  1. 基本給を下げて、その分を代理返還に回す:給与の置き換えは課税され、報酬にも含まれます。防ぎ方:導入の前後で基本給と手当を変えないことを規程の第4条に書きます。
  2. 払込取扱票で返還額より少なく送る:払込取扱票では毎月の返還額未満の支援はできません。防ぎ方:月額を返還額より少なくするなら口座振替を選びます。
  3. 口座振替の登録を更新し忘れる:登録できる期間は12か月以内で、切れると本人の口座からの引落しに戻ります。防ぎ方:支援開始月の11か月後に再登録の予定を入れます。
  4. 猶予中のスタッフに支援を約束する:猶予中・減額返還中は原則として支援できません。防ぎ方:申請書で猶予・減額の有無を確認し、該当する人には手続きの順番を説明します。
  5. 退職者に支援額の返還を求める:労働基準法第16条に触れるおそれがあります。防ぎ方:規程の第7条のとおり返還は求めず、開始時期と期間で設計します。
  6. 面接で奨学金の有無を聞いて選考に使う:本人の適性と関係のない事情で、公正な採用選考の考え方に反します。防ぎ方:制度の説明は求人と面接で行い、利用の申請は入社後に受け付けます。

新卒採用に生かすなら、導入は学校に求人票を出す前に済ませます。利用企業等専用ページから掲載を依頼すると、JASSOのホームページで導入企業として紹介され、学生が就職先を探すときの検索にも出ます。サロン見学や学校の説明会では、「支援を受けている人が何人いるか」「いつから対象になるか」を聞かれたときに同じ答えができるよう、規程の第2条と第3条の内容を担当者全員で共有しておきます。

求人では、「奨学金返還支援制度あり:日本学生支援機構の奨学金を返還中の方に、入社2年目から月1万円(最長5年)を店から機構へ直接返還します。給与とは別の支援です」のように、制度名、月額、期間、対象になる時期を書きます。学校求人の書き方は美容学校に求人を出す方法に、制度を詳しく載せるページの構成は美容室の採用サイトの作り方にまとめています。

代理返還を導入する前に、次の8項目を確認してください。

  • 判断表で対象者を決め、自治体・民間の奨学金の扱いを決めた
  • 月額、総額の上限、期間を決め、何人まで続けられるか試算した
  • 給与とは別に支援し、給与を減らして置き換えないことを規程に書いた
  • 役員や親族を対象にする場合の税の扱いを税理士に確認した
  • JASSOに利用を申請し、送金方法(口座振替か払込取扱票)を決めた
  • 口座振替の再登録の時期をカレンダーに入れた
  • 退職時に支援額の返還を求めないことを規程に書いた
  • 求人に制度名、月額、期間、対象になる時期を書いた

よくある質問

個人経営の美容室でも代理返還を使えますか?

使えます。JASSOのQ&Aで個人事業主も利用できるとされています。ただし、オーナー本人の奨学金を返す場合は非課税の扱いにならないと考えられるため、税理士に確認してください。

パートやアルバイトのスタッフも対象にできますか?

できます。代理返還は原則として店が直接雇用している人が対象で、アルバイトなどを含めるかは店が決められます。対象の範囲は規程に書いておきます。

毎月の返還額の一部だけを支援できますか?

口座振替なら、毎月の返還額より少ない額でも支援でき、差額はスタッフの口座から引き落とされます。払込取扱票では、1回の送金額が毎月の返還額以上になるようにします。

支援したスタッフが辞めたら、支援した分を返してもらえますか?

返還を求める約束は、労働基準法第16条に触れるおそれがあるため避けます。定着を促したい場合は、支援の開始時期や勤続年数に応じた増額で差をつけます。

代理返還した額は給与明細に載せる必要がありますか?

給与とは別に機構へ直接送金するものなので、給与の支給額には含めません。経理の処理は店に任されているため、帳簿の科目や明細への記載方法は税理士に確認し、スタッフには支援額と期間を書面で知らせます。

奨学金の返還を猶予してもらっているスタッフも支援できますか?

原則としてできません。支援を始めるには、スタッフ本人が返還期限の猶予期間を短くする手続きをする必要があります。

出典:日本学生支援機構「企業等の奨学金返還支援(代理返還)制度」「企業等の奨学金返還支援(代理返還)に関するQ&A」「若手人材に選ばれる企業へ!企業等の奨学金返還支援制度」(導入企業数は令和8年3月末時点)、国税庁「No.2588 学資に充てるための費用を支出したとき」、労働基準法第16条(e-Gov法令検索「労働基準法」)。税務の個別の判断は税務署や税理士に確認してください。

導入を決めたら、まず試算表に自店の人数と月額を入れて総額を出し、規程の文例を書き換えてからJASSOに利用を申請してください。制度を採用に生かす方法は美容室の新卒採用の方法で確認できます。

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この記事を書いた人

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